間熊は、再び撃鉄を起こす。ジャキンという音が響いて、弾が再び込められた様だ。 そして、銃口を再びこちらに向けてきた。どちらも即座に撃つ事が出来る、そういった姿勢だ。嫌な冷や汗が、恵美の 背中をぐっしょりと濡らしていた。勿論、捻挫の痛みも含まれているのだろうけれど。 視線だけ間熊に向けていると、片膝をつけていた関本が、歯を食いしばりながら立ち上がった。吐息が、聞こえる。 「動くんじゃない」 その動作に対してなのか、間熊が、低い声で、はっきりと言った。銃口が私から逸れて、関本の方へと行く。その眼 鏡の奥に光る目は、冷たかった。 関本が、悔しそうに歯軋りをしていた。何をしても、音は辺りに響き渡る。 「行きなさい、あっちへ。もう、ここには来るな」 再度、間熊が忠告をする。銃口は関本の方を向いていたが、視線は私と合っていた。 逃げろと言っているのだ。だけど、私は右足が動かない。苦痛の表情を浮かべているのが自分でもわかった。私が 顔を振ると、一掃目を鋭くして、少し大きめの声で言った。 「早く行きなさい」 「ふざけんじゃねぇぞこの女ァァッッ!!」 視線が完全に自分から外れているとわかったのだろう、関本が、唐突に駆け出した。肩の傷の痛みなど微塵にも感 じられないような雰囲気を醸し出している。一気に差を詰めて、銃を奪い取ろうというつもりだったのだろう。 だが、相手が悪かった。 パンッッ!! 再度、乾いた銃弾がジェリコから放たれた。あらかじめ視線は逸れていても銃口は関本の方を向いていたのだ。どう やらそこまで、関本は考えていないらしかった。 弾は関本の頭部に命中し、後頭部が爆発していた。仰け反る形でアルファルトの地面に倒れこんだそれは、最早人 ではなかった。その顔は、鼻の周りを放射線状に砕かれていた。飛び散った血やら脳味噌やらが、私の顔に付着す る。だが、それで驚くことよりも、間熊のしたことの方がショックだった。 間熊は、倒れた関本の右二の腕に刺さっていたデザインカッターを片手で引き抜くと、投げて私に渡した。上手くキャ ッチしたものの、右足を少し動かしてしまった為に、再び鈍痛が私を襲った。耐え切れずに、そして溜まりきった疲労 がどっと来て、私もまたアスファルトの地面に崩れ落ちた。 慌てて、間熊が私の体を起こす。どうやら、私まで殺す気はないらしい。関本が襲ってきていた一部始終を見ていた のだろうか。 「大丈夫? ……湾条さん、ひょっとして歩けないの?」 先程の鋭い眼とは違う、切迫した眼をしていた。 「右足を、さっきの戦いで……多分捻挫かな。それよりも間熊さん、あそこで気絶してる、利子を……」 私が指差した方向には、砂田利子が倒れていた。先程からピクリとも動いていない。人間の握力で、それも怪我をし ていた関本の握力で人を絞め殺せることが出来るとは考えられなかったが、華奢な体の利子だ。下手をしたら、その まま死んでしまう可能性があった。 「わかった。じゃあ……あの小学校に行こう。そこなら保健室もあるだろうし、治療できる筈だ。砂田さんは……私が 担いでいく」 そう言うと、間熊は私を立たせた。そして、今度は利子の方へ駆け寄り、顔を叩いていた。だが起きなかったのだろ う。今度は脈を計っていた。すると、鼓動があったのだろうか。こちらを向いて頷くと、肩に担いだ。 「早く。銃声を聴いて誰かがここに来る筈だから。行くよ」 「あ、うん。わかった」 私は、デイパックを拾い上げようとしたが、それよりも先に間熊が拾い上げた。そして、自分の分とあわせて、2つと利 子を担いで小走りを始めた。なんとも凄い体力の持ち主だ。 私は、体一つで、左足でケンケンしながら小学校を目指した。 僅かな距離だが、流石にケンケンだと疲労が激しい。 校庭の門の手すりにしがみついた時は、もう左足が半ば麻痺していた。かといって、右足を使うわけには行かない。 後少しでゴールなんだと、私は体に鞭をうった。 そういえば、この小学校には、『野良犬』の死体が転がっている筈だった。先程は、死体が校庭に転がっているのは 確認できたが、顔までは確認していなかった。 そっと校庭を覗いてみると、やはりというべきだろうか。2つの死体が転がっている。顔はうつぶせになっていて確認 できなかったが、その体つきから、1つは日高成二(男子28番)のものであろうと確信した。あのあどけない顔は、も う見ることが出来ないのだなと思うと、やはり悲しかった。 その死体を気にも留めずにすたすたと歩いている間熊は大したものだ。 ふと、あの間熊が『野良犬』を全滅させたのではないかと疑ったが、それなら私達を助ける必要性が無い。その心配 は無いだろうと思い、再び恵美はケンケンを始めた。 まだ、私は生きている。 そして、これからも生き続けて、快斗に、会うんだ。 男子15番 関本 茂 死亡 【残り35人 / 爆破対象者25人】 Prev / Next / Top |