真っ赤な、手。 人を殺した、手。 湾条恵美(女子34番)は、再び小学校の方へと向かっていた。 ただ闇雲に探しても、彼氏である秋吉快斗(男子1番)は見つからないと感じたからだ。快斗もまた、自分のことを探 している筈なのだから。じわりじわりと、探す幅を広げているに違いない。となると、あの別れた場所からどんどんと遠 ざかるのは不本意であると、思った。 そして、多分、まだ残っている筈だ。小学校の前に、自分が殺した森 彩子(女子30番)の死体が。彼女を殺すのに 用いた包丁は、まだ彼女の体に突き刺さったままであろう。 今、その右手には彼女に支給されたデザインカッターが握られていた。 別に、いいのだ。焦る必要は、無いのだ。 特別ルールが試行されたからといって、別に自分達に支障が出るわけではない。現に自分は彩子を殺しているし、 快斗は福本五月(女子19番)を同じように殺害している。 ふと、恐ろしいなと感じた。実は、自分達も政府の人たちから見たらやる気だと思われているんじゃないだろうか。も しかすると、自分はともかく、快斗ならあの道澤という教官が話していたトトカルチョとかいうのでも、結構上位の方に 食い込んでいるに違いない。何故なら、快斗はスポーツ万能だから。居合道でも、かなり優れた逸材だから。 もともと、初めて快斗に会った時は、その居合道の帰り道だった。当時はまだ中学一年生だったか。大人数のクラス で、出席番号で1番だった彼の名前は、一番最初に覚えたのだ。だから、顔もよくわかっていたし、少し恰好いいなと も思っていた。だから、偶然とはいえその道場の前で出会ったのは、運命だったのかもしれない。 そこで、初めて私は快斗に、声を掛けた。 「秋吉……君だよね?」 すると、それでやっと気が付いたのか、快斗は振り返ったのだ。当時はまだ成長期の前で、私よりも快斗は小さかっ た。今では、すっかり追い越されてしまったけれども。 「えーと……同じクラスだよな。ほら、なんだっけ、一番最後の……変わった奴」 多分、快斗も私のことは知っていたのだろう。確かに『湾条』なんて苗字は珍しかったし、席次でもいつも最後だった。 ……というよりも、これより席次が下の苗字なんて、考え付かなかった。 「何よ、変わった奴って。変わった苗字だけどさ。ほら、湾条だよ」 「あーそうそう。ワンジョーね。で、何か用?」 何処か抜けていて、思わず腑抜けしたのが懐かしい。 そういえば、あの頃だったかな。初めて、異性を気にしだしたのは。 「用って……なんでもないよ。たまたまここから出てきたから、声掛けただけ」 「ん、そっか。ワンジョーは帰り?」 「ええっと……買い物の帰り。秋吉君は、ここで習い事?」 「買い物か、偉いな。俺? 俺はここで居合道やってんの」 気が付いたら、2人で平行して歩いていたんだっけ。 「居合道?」 「そ。刀をびゅんびゅん振り回す奴」 「か、刀ぁ?」 そして、色々と話した。居合道を始めたきっかけ。また、自分の腕前とかを披露されたりとかもした。流石に刀は持っ ていなかったので(きちんと道場で管理しているらしい)、公園に寄って木の枝を振り回していたのだが。 すっかり話し込んでしまって、別れる時間が来た。聴くと、全く正反対の方向に家があるらしい。 「じゃあなんでこっち来たのよ?」 「なんでって……いや、ワンジョーって、見た感じよりも話しやすかったからさ。楽しかったよ。じゃな!」 顔を赤らめて、一目散に走り去ってしまった快斗。多分、それが、初恋。 いつの間にか私の呼び名は『ワンジョー』から『恵美』になったし、気が付けば私も『快斗』と呼んでいた。 左手に持った情報端末機には、新たに5人の名前が記載されていた。先程の爆発で、一気に消されてしまったらし い。ふと、『野良犬』が死んだときのことを思い出さされた。日高成二(男子28番)の、あどけない笑顔が浮かぶ。 エリア表示が、G=5に変わった。ここに、果たして快斗はいるのだろうか。 その時だ。何か、人の気配を感じて、恵美は家の陰に隠れた。 まだだ。まだ、快斗の他にも何人も生き残っている者はいる。それがやる気で無い人物とは、限らないのだ。 血塗られた両手で、デザインカッターをぐっと握り締める。そして、そっと身を乗り出す。どうも、2人の人間が争ってい るような感じらしい。 そして、驚愕の光景が浮かび上がった。 男子がいる。あれは誰だろうか。ツンツンにはねた髪、関本 茂(男子15番)だ。彼が、誰か女子の首元を両手で絞 め上げていた。咄嗟に、危険を感じて、そしてその女子を助ける為に、恵美はそこへと走り出した。 案の定すぐに気付かれたが、構わずに、デザインカッターを振り被って関本に向けて投じた。カッターは刃を真っ直ぐ にして跳んで行き、サクッと綺麗に関本の右二の腕に突き刺さった。 「うぅっ!!」 両手を首を絞めるのに使っていた為に封じられていたので、抵抗も出来ずに刺さったカッターは、関本の腕力を弱め るには最適の方法だった。痛みに耐えられなかったのか、思わず両手を首から放す。意識を失っていた女子が、ゆっ くりとアスファルトの地面に倒れていた。 死んでいるのだろうか。ぐったりとしたその姿は、見ると砂田利子(女子8番)だった。快斗の友人である(いや、親友 だったかな)砂田利哉(男子14番)の年子の妹で、必然的に話す機会も多く、仲が良かった彼女は、動かない。 怒りが込み上げてきた。彼女を助けなければならない。まずは、目の前にいる敵を倒さなくてはならないのだ。 「テメェ、湾条! ……このヤロォォッ!!」 カッターを引き抜くことを諦めたのか、強引に関本は突っ込んできた。だが、そんなに威力はなさそうだった。何処か 痛めでもしているのだろうか。 だが、それでも一応男子。力の差ははっきりとしている。まさかそのまま突っ込んでくるとは思わなかったので、少し たじろいだのがいけなかった。あっという間に差を詰められて、正面からのタックルをまともに喰らってしまった。その まま体当たりを続けられて、半ば地面に押し倒されるように2人で転がり込む。 続いて、傷を負っていない左手で顔面目掛けて拳を繰り出してきたのに気付き、両手を顔の前に突き出した。そして 拳を両手で握り締めた。重たい衝撃が、体中に伝わった。 だが、顔面までパンチは届くことは無かった。だてに快斗と腕相撲をしていたわけではないのだ。 「ぐぐぐ……くそっ!!」 そして、関本は今度は右拳を繰り出そうとして、私の体から右手を放した。少しだけ、体にかかるものが軽くなった。 その機会を逃さずに、一気に私は横へ転がった。簡単に動くことが出来て、回転するように今度は関本が下になる。 その時だ。 「ぐあぁぁああっっ!!」 関本が、絶叫を上げた。そこで、初めて恵美は気が付いた。 背中だ。関本はきっと、背中を怪我しているのだ。 一気に、関本の体をアスファルトに押し付ける。背中が、ゴツゴツとした硬い床に押し付けられているのだろう。悲鳴 が、大きくなった。 続けざまに、今度は関本の右二の腕に刺さっているカッターを更に奥へと押し込んだ。 それがいけなかったのだろう。痛みに耐えかねて、関本が暴れだしたのだ。流石に我武者羅な力に勝つことなど出 来ず、ひっくり返されるように弾き飛ばされた。背中をアスファルトに思い切り打ちつけ、鈍い痛みが響いた。立とうと して、右足首を関本に思い切り掴まれていることに気が付いた。そして、捻りあげられて、さらに凄まじい痛みが全身 を迸った。 「ああぁぁああっっ!!」 そして、掴んでいた右手を振りほどき、一気に立ち上がったものの、思うように右足が動かなかった。地面につける と、再び電撃が走った。 捻挫という単語が、恵美の脳裏を横切る。やばいと思ったときには、既に関本も立ち上がっていた。完全に、その目 は死んでいた。生気がなかった。 「テメェ……秋吉と仲良くやる気になったんか?!」 口に笑みを浮かべながら、だがその死んだ目は怒り狂っていた。後退りをしようにも、右足は動いてくれなかった。 だが、それよりも、彼の放った言葉は。 「何それ? 快斗に会ったの?!」 「ふざけんな! 背中だって、全部あいつにやられたんだよ!! 畜生、殺してやる!!」 快斗に襲われたと、言っている。その意味を理解するよりも前に、突っ込んできた関本をどうにかしなければという気 持ちがある。だが、右足は動かなかった。 殺される。その気持ちが、恵美を占めたその時だ。 パンッ!! 乾いた銃声が辺りに響き渡り、そして、関本が、崩れ落ちていた。 肩を狙撃されたのだろうか、右肩から、紅い血が垂れ流れている。 「くそぅ、誰だぁ! 出て来い!!」 関本が、肩を抑えながら、苦しそうな顔をして叫んでいた。 背後で、足音がしたのに気付き、恵美も振り返った。 「貴様……!!」 そこには、ジェリコ941を構えた間熊小夜子(女子25番)が、佇んでいた。 【残り36人 / 爆破対象者28人】 Prev / Next / Top |