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 根岸久美子(女子15番)がこの民家で名倉 大(男子24番)と遭遇したのは、全くの偶然だった。
それはまだ特別ルールが試行される前の話だ。久美子は、出発してからも特に目立った行動はせず、ただ会場をく
まなく歩き回っていた。島の南東に行って、その断崖絶壁から昇ってくる朝日を見た。それは本当に絶景だった。遥
か遠くの水平線まで、何も見えない。本当にここは隔離された島なのだと、そこで初めて理解できた。
島の北の港まで歩いた。定期的に流れる波の音を聴きながら、相変わらず何もない水平線をぼーっと眺めた。このず
っと行った先に、本島があるのだ。そこには、こことは違う、普通の暮らしがあるのだと思うと、寂しさと言うか、空しさ
と言うか、こう、やるせない気持ちで一杯になった。
今度はそこから少しだけ移動して、砂浜へと入った。砂場に眼を向けると、ヤドカリがとことこと歩いていた。海鳥が、
魚でも狙っているのだろうか、同じところを何度も旋回していた。そこには、殺し合いとは決して無縁とは言えない、生
があった。みな、必死に生きようとしていた。動物も、魚も、していることは私達と同じだった。近くで銃声がしたような
気もしたが、最早そんなことはどうでも良かった。
山に登ってみた。きつい山道をせっせと登り、やがて木々も薄れてきた。そろそろてっぺんかと思われたその場所に
は、展望台のような建物があった。早速その中へと進入してみる。そこには、誰もいなかった。暫く放置されていたの
だろうか、ガラスは割れていて、部屋の中は見るも無残な形となっていた。屋上に上ってみると、丁度夕日が西の水
平線に沈むところだった。高い。ここは本当に高かった。会場全体が紅く染まっていて、まるで血のようだった。
太陽が完全に沈んでしまうと、急に寒くなってきた。下に降りても、窓が割れていたので風は容赦なく部屋を過ぎて
いく。これでは風邪を引いてしまう。そう思ったので、私は下山を決めた。
辺りはだんだんと暗くなっていく。もう何も見えなくなってしまった。道なりに沿って歩いていると、随分と進んだところ
で、一件の民家を見つけた。そこに、ぼんやりと光があるのがわかった。そこで、初めて安心した。この殺し合いが始
まってから、あの中学校の玄関で転がっていた坂本理沙(女子7番)の死体を見てから、私は誰とも会ってなかった。
確かに断崖絶壁や見通しのいい砂浜など、常人なら誰も寄り付かないような場所ばかり歩いていた。ところが、いざ
下山してみると早速他人の姿を見かけたのだ。それも、光なんかつけて、見つけてくれと言わんばかりに。
扉を開けようとして、鍵が掛かっているのに気が付いた。まぁ、当たり前と言えば当たり前である。無理をしてこじ開
けることが出来るのならそうしたいが、生憎私の武器は硫酸瓶。この扉を溶かすことが出来るとは、到底考えられもし
なかった。仕方ないので、ノックをした。
すると、なんいうことだろうか。カチャリという音がして、扉が開いたのだ。もしも私がやる気だったら、間違いなく中の
人は死んでいたはずである。無用心にも程がある。
扉の向こうには、にこっと笑っている男子がいた。それが、名倉大だった。

「やぁ、根岸さん。お入り」

「あのさ、こんなこと言うのもなんだけど……無用心じゃないの?」

「何が?」

相変わらずにこにことしている顔はあどけなく、だが面白かった。
私は中に入れてもらうと、リビングに案内された。そこは、懐中電灯で明るくなっていた。デイパックを名倉の隣に置い
て、私は懐中電灯の明かりを消した。名倉が文句を言ったが、私はそれを捻じ伏せた。
聞けば、名倉はプログラムが始まってからずっとこの場に居続けているのだという。何のためにと聞いてみたが、明
確な返答は来なかった。ただ、なんとなくと。
実は私もそうだった。どうして会場中を歩き回るという危険なことをしたのかと言われても、ただなんとなくとしか応え
られそうにない。前にいる男と、どうも考えは一緒のようだった。
一日中歩き続けて疲れてしまったのか、私は驚くほど深く眠ることが出来た。午前1時ごろに起こされて、今度は名
倉が眠った。私はぼーっと空を眺めていた。なんども銃声が聴こえたけれども、なんだか全然関係ないような気がし
て、特に何も行動は起こさなかった。
静かだった。別に何をしたいわけでもない。ただただ、毎日を適当に生きている私がいた。死ぬなんて、信じられなか
った。死ぬって、一体何なんだろう。こうしてプログラムが続く限り、いつかは訪れる死。それがどういったものなのか
は、決してわかることはないだろう。
午前6時の放送があり、そこで特殊ルールが発動した。私も名倉も起爆対象者だったが、どちらも行動を起こそうとは
思わなかった。きっとなんとかなるんじゃないか。なるようになるんじゃないかと、そう心に思って。
名倉の支給武器は竹刀だった。叩けばそれは痛いかもしれなかったが、これで人を殺そうと思ってもなかなか出来る
ことではないだろう。もしも彼に銃器が支給されていたら、特殊ルールが発動した時点で私を殺していたのだろうか。
いや、あるいは私にそういった殺傷能力の高いものが支給されていたら、私はどうしたのだろう。
だが、ただ何もすることなく3時間が過ぎた。私達の周りは驚くほど静かだった。激しい爆音が連続して鳴り響く。銃
撃戦が何度も何度も続いて、そしてやがて決着が付いたのか静かになる。でも、私達とは無縁だった。

カシャンと、窓ガラスが割れる音がした。その突然の音に多少驚いたが、すぐに落ち着きを取り戻した。静かなこの空
間を邪魔した侵入者。間違いなく、私たちを殺しにやってきたのだろう。
名倉が、竹刀を持ち上げてその音がした方向へと歩み寄った。私は、硫酸瓶をいつでも投げられるように右手でぎゅ
っと握り締めた。殺傷能力のない私達。わかりきった結末が予想できた。
ぐえっ、という奇声が聞こえる。ゴロゴロと転がってきたそれは、名倉の首だった。先程まで笑っていたその顔は、今
では歪んでいる。赤い血が、あの時の夕日のような真っ赤な色が、私を汚した。そう、こんなにも呆気なく、名倉は死
んでしまった。もう、あの笑顔は見ることが出来ない。
鼻歌が聴こえた。その音は次第に大きくなる。そして、その正体が現れた。真っ二つに割れた竹刀を左手で握ってい
る。それを私のほうへ向けて投げてきた。咄嗟に私は顔の前で腕を交差した。割れた竹刀は腕に当たり、じんという
痛みがきた。そっと目を開けると、そこには辻 正美(女子11番)が日本刀を持って立っていた。この鼻歌は、確か
『かごめ』だったような気がする。それを歌う辻の目は、赤く血走っていた。獲物を狙う、野獣の目だった。

「いやぁっ!!」

思わず叫び、同時に右手に持っていた硫酸瓶を投げていた。だがそれは辻の刀の一線により、見事に叩き割られて
しまった。ぱしゃっという音がして、硫酸が床にぶちまけられる。その上を、辻が歩いてくる。




私が最期に見た光景は、辻が刀を振るう、その姿だった。
こうして、私と、そして運命を共にした名倉の命は、散ったのだった。
結局、あの鼻歌は私から放れなかった。



 ねぇ、この歌は、何を伝えたかったの?




 鶴と亀が滑った。
 後ろの正面、だぁれ?




 男子24番  名倉 大
 女子15番  根岸 久美子  死亡




   【残り29人 / 爆破対象者20人】



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