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 午前9時。エリアF=7にて。
 運命の時間まで、残り3時間。


 粕谷 司(男子7番)は、黙々と歩いていた。常に辺りを警戒しながら、ソーコム・ピストルを片手に。
あれから3時間が経った。まだ誰も殺害できていない爆破対象者なら、そろそろ焦り始める時間帯だ。いつ、何処で
襲われてもおかしくない状況なのだ。
デスゲームを共にしている唐津洋介(男子8番)。先程の放送時、彼の殺害数は4人だった。あれから何度も聴こえ
てきた銃撃戦。それは、唐津は関係しているのだろうか。あれから、唐津はキルスコアを伸ばしているのだろうか。一
方自分は現在3人。あれから誰にも遭遇していないし、勿論誰も殺せていない。
今がチャンスなのだ。一気にスコアを伸ばすチャンスの筈なのに、前半ではキルスコアは0だ。情けない。誰か、誰で
もいいから、殺さなくてはならないのだ。そうでないと、後悔してしまうから。


 ギィ……。


唐突に響いたその音に、全神経が研ぎ澄まされた。
これは何の音だ? 扉が開く音か? 確かこの辺りには民家は1件しかない。それ以外は既に禁止エリア入りしてい
る筈だ。となると、案外近いぞ。誰だ、一体誰なんだ?
そっと音が聴こえてきた方向に神経を集中させて、じっと見つめる。そして、そこから1人の人間が現れた。
その姿を見た瞬間、うっとした。


 あいつは……何なんだ?


彼女は辻 正美(女子11番)だった。持っているものは何だろうか、何か刀のようなものだった。
記憶によれば、確か彼女は剣道部に所属していたような気がする。剣道部に刀か、敵う筈がない。彼女はこちらに気
付くこともなく、ぐんぐん離れていく。その姿は、異常だった。
真っ赤な血で、被われていた。一体何人のクラスメイトを斬ったのだろうか。返り血のあまりの多さに、思わずたじろ
いだ。敵わない、あいつは、敵にしてはいけない。
それは、敗北。圧倒的な力の差を見せ付けられた瞬間だった。きっと、彼女には銃を用いても勝てないだろう、そう思
わざるをえなかった。
ふと嫌な予感がして、彼女が充分に離れた後、司はその民家へと駆け寄った。


 あいつは、もしかして。


そっと扉を開ける。鍵は、開いていた。
開けた瞬間、むっとした臭気が漂ってきた。それは、血の臭い。それも洗面器どころではない。風呂一杯分くらいはあ
るのではないかというくらいのものだ。
恐る恐る奥に進むと、そこには、首無し死体が2つ、あった。一つは廊下に、もう一つはリビングに。思わず逃げ出し
たくなるようなその事件現場、そこには、その首が2つ転がっていた。
一つは名倉 大(男子24番)のもの。もう一つは、根岸久美子(女子15番)のものだ。どちらの顔も表情は歪んでい
た。余程の怖いことに遭遇しない限り、こんな顔にはならないであろう。それだけ、この2人は恐怖を味わったのだ。
恐らく、あの辻正美によって。
死んで間もないのか、まだ死体から血が流れ出ていた。
やはり何度見ても死体には慣れない。当然と言えば当然だが、既に辻にとってはなんでもないことなのかもしれない
と思うと、ぞっとした。いや、あるいは唐津も?
まだ怖がっている自分がいる。まだ、自分は殺人に大して決して良い思いを抱いてはいないのだ。だけど、一体どう
して。自分は。
自分に残された時間はもう残り僅か。あるいは、このプログラムで終わってしまうのだろうか。
扉を再び閉めて、司は家を後にした。


 駄目だ。あんなもので怖気付いては。
 もっともっと自分は、戦って、そして勝ち残っていくのだから。


 すっかり馴染んでしまった臭気。
 その臭いは、どうやら忘れることは出来なさそうだ。




   【残り29人 / 爆破対象者20人】



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