107



 G=7、森。
 そこであたしは、一体どうして。


「あぁ……ぅ、か……香織ぃぃっっ!!」

 肩甲骨を突き抜けた銃弾は何処へ行ってしまったのだろうか。いや、最早そんな事は関係ない。その激痛は確実
にあたしの命を蝕んでいくものだとわかった。焼ける痛み、熱い体、火照る心。
とにかく、それは凄まじい一撃としか、いいようがなかった。こんな痛み、感じたことなんかなかった。

「トモちゃん?! トモちゃん!!」

リベレーターをぶっ放した張本人の香織は、ようやく自分自身がとんでもないことを仕出かしてしまったことに気が付
いたのか、慌ててその場にへたり込んでしまった。

「トモちゃん、大丈夫?! 痛くない?!」

 星野香織といえば、大人しくて控えめで、まぁあまり活発な人間ではない。どちらかというとあたしと同じく勉学の方
に専念していて、よく図書室にあたしよりも先に座っていた記憶がある。
そのせいか図書室で話をする機会も次第に多くなり、あたし的にはそれなりに交友はあったほうだ。もっとも香織の
方は仲がいい友達が何人もいたから(そう、例えば坂本理沙(女子7番)や湯本怜奈(女子32番)だ。どちらも確か
最初の放送で名前を呼ばれてしまった記憶がある)、あたしなんてそんなに大切な友というわけではなかったのだろ
うけれども。

「香織……あんたぁ……」

「痛む? ねぇ、痛むの?!」

心底ムカついた。それは香織の言動もあるし、またあたし自身に襲いかかる激痛も関与しているのだろう。
そのとんでもないような物言いに、腹が立った。

「いきなり何するんだよ、このバカ!!」

大声を張り上げる。思いのほか大きな声が出てしまったのは、痛みを紛らわせる為であろうか。
はっとしたように、香織は顔を引きつらせた。

「トモちゃん……!」

「折角見つけてやったのに! なんでいきなり撃ったりするんだよ!! あー、くっそぉー!! 痛ぇよ!!」

激しい痛みは血を伴う。制服が血で染まっていることくらい、見なくともわかった。
もしそれを見てしまったら、痛みはさらに倍増してしまうのだろう。

「ゴメン……ゴメンねぇ……」

「あやまりゃいいって問題か!! 責任取れ、責任!!」

泣き声になりながら謝罪する香織の声を聞いて、さらに腹が立った。
どうしようもないというのに、無理難題を押し付けるあたしがいた。ああ、バカだ。あたしはバカだ。

「責任て……どうすれば……」

もう、頭の中はグチャグチャだった。理性も思考も欠片もない。ただ、この痛み、苦しさ、全てを香織の責任にして、す
っきりサッパリしたかった。それが本当の意味でとんでもないことなど、わかっていたけれども。
その香織の言葉に、更なる罵声を浴びせようとしたときだ。

「じゃあ、死んでしまったらどう?」

唐突に、それは聴こえた。寒々とした突き放すその言葉は、香織のすぐ後ろ、茂みの奥から聞こえてきた。
誰かいる。そう、思った瞬間だった。



 ザシュッ!



悪夢を、見た。


―― え?」

 それは何処の世界の出来事であろう。少なくともこの世界のものではない。きっと何処か遠く、銀河系よりも更に遠
くの異世界で、それは突然発生してしまう理不尽な現象だろう。
首が、香織の首が、吹っ飛んだ。それは何の前触れも無く、恐らく吹っ飛ばされた香織本人も気が付かないであろう
それは、起きた。
そして、その後ろには、日本刀を両手でしっかりと握る、女子がいた。

「つ……じ………さん?」

一瞬遅れて、切断された香織の首から血飛沫が舞い上がった。それはあたしの顔を紅く染め上げ、そしてもとより汚
れていた辻 正美(女子11番)の制服を、新たな血で塗り染めた。

「どう? すっきりした?」

辻は、何の悪びれも見せずに、にっこりと笑った。
あたしは、耐え難いはずの激痛なんか、何処かに消え去ってしまったのを感じた。
そう、恐怖だ。恐怖が、私を支配しているのだと、わかった。

「あ、え? あ……あの……!」

「この子は鶴。一件優雅な仕草をしているけれども、殺されそうになったときは、とてもじゃないけど聞いていられない
ような奇声を上げるの」

にっこりと笑いながら、辻は再び刀を振り被る。


 逃げなきゃ。逃げなきゃ、殺られる。


体は、動かない。恐怖で、動かない。

「貴女は亀。とろくて、のろまで、気が付いたときにはもう手遅れなの。わかる?」

「あは……あははは……」

あたしも、笑った。
とても笑える状況ではないけれども、何故か、笑えた。

「鶴と亀が滑った。縁起のいい動物なのにね。だから、籠目歌は出産に失敗してしまったという意味を含んでいるん
だ、という説もあるの。以上、冥土の土産ね」

 次の瞬間。再び振り落とされた刀は、鮮やかとしか言いようがないほど綺麗に、無駄が無くあたしの首を刎ねた。
あたしはゴロンゴロンと地面を転がり、なんとも不思議な光景を眺めていたけれども、やがてそれもすぐに消えうせ
た。すぐに、なくなった。


 あたしは気が付いた。
 本当にどうしようもなくなってしまうと、人は、笑うしかなくなってしまうのだと。



  女子14番  新倉 友美
     22番  星野 香織  死亡




   【残り25人 / 爆破対象者14人】



 Prev / Next / Top