B=5、ホテル矢代。 残り時間まで、1時間半をきった時刻。 あれから、随分と長い時間が経った。 幸いにも他のクラスメイトに発見されることはなく(でもまぁ、本当に運がいい。ホテルなんて恰好の隠れ場所だという のに、目立ちすぎているからか誰も人が入ってこないのだ。ちなみに、既に客室のある2階と3階は誰もいないことは 確認済みである)、私達は2人でここまで生き延びることが出来た。 結局客室に潜むよりも、入口が常に確認できる医務室にいたほうが良いという伊達佐織(女子10番)の助言により、 今でも1階に位置するこの医務室に、2人で立てこもっている。 辺見 彩(女子20番)は、ホテルの従業員の制服を佐織にもすすめたのだが、私は似合わないから、との一言で 却下されてしまった。もともと恩田弘子(女子4番)を殺して返り血を浴び、その汚らしい制服でいることが嫌だったか ら、と私は従業員の服を無断拝借して着ていたのだが、それは佐織だって同じなのだ。佐織は弘子に撃ちぬかれた 右肩付近が自身の血で真っ赤に染まっていたし、それなら着替えた方が清潔でいいじゃないかと思ったのだけれど も、どうもデザインが嫌ならしい。 まぁ、それが佐織らしいといえば佐織らしいのだが。 「ねぇ、彩」 その佐織が、突然声を掛けてきた。 思えばこのところ、あの特別ルールが試行されてからは、ろくに話し合ったことがないことに気付く。私は既に弘子を 殺してしまっているし、爆破対象外だったのだけれども、佐織は未だに爆破対象者なのだ。 別に佐織自身がそうしたいのなら、外に一緒に出て行ってなんとか佐織を生かしても良いなどと考えたのだが、それ は佐織自身が決めることだし、別に何も話しかけてこなかったので、こちらもだんまりを続けていたのだが。 「何?」 「あと……もうちょっとなんだよね……?」 返答に困る。 佐織の右肩の傷は、今ではすっかり平気なようにも思えるが、消毒して止血して、そして包帯を巻いただけという簡 単な処置では傷が治るわけがない。実際、佐織はあれから一切右手を使っていなかったし、利き腕ではない左手で 食事をとったりしている様を見ると、正直痛々しかった。 つまり、戦闘も出来ないのだ。今の状態で誰かに襲われたりしたら、間違いなく佐織は不利だ。利き腕が使えない上 に、武器も洗濯ばさみなどというどうしようもないハズレ武器だ。今はもともとの私の支給武器であるサバイバルナイ フも、弘子から奪い取ったCz75も医務室の机の上に置いてあるから、利き腕が無事な私は相変わらずサバイバル ナイフを使うと約束していたし、利き腕じゃない分反動が心配だけど、ナイフよりは使い勝手がいいであろうCz75は 佐織に任せてある。不利だけども不利なりに、工夫は凝らしたつもりなのだ。 「そうだね……ねぇ、佐織。佐織は、一体どうしたいの?」 だから、戦闘をしようと思えば出来なくはない今のこの状況。佐織がタイムリミットを迎える前に生き延びようとしたい と言うのなら、私は間違いなく佐織のために協力しようと思った。 だから、私は佐織の意思を確認する為に、あえて佐織の考えを聞きだそうと思った。 「あたし、死にたくないの……やっぱりやだよ、こんなわけわかんないので死ぬの……」 虚ろな目は、一生懸命私が話しかけたから、徐々に元に戻りつつあった。だけど、そこで特別ルールが唐突に施行さ れて、佐織は再び虚ろな目へと戻った。眼鏡の奥には、いつものはきはきとした佐織はいない。ぼんやりと遠くを見 ているような、そんな佐織が今はそこにいた。 「じ、じゃあ……やっぱり」 やっぱり、他のクラスメイトを殺す為に外へ行こうというのか。 そこまで言おうとして、私は浮き上げかけた腰を、止めざるをえなかった。 佐織が、机の上に安置してあったCz75を、私の方へと向けたので。 「佐……織…………?」 「あたし、死にたくないの」 その眼は、虚ろだった。 【残り21人 / 爆破対象者10人】 Prev / Next / Top |