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 伊達佐織(女子10番)は、Cz75の引き金を利き腕ではない左手で、引いた。


 出発地点である中学校を出発してから、佐織は何をすればいいのかもわからずに、ただ転々と会場内を放浪してい
た。まだ禁止エリアには何処も指定されていなかったので、行きたいと思うところに、行けた。まだ出発しているクラ
スメイトは半分にも満たない。余程の事がない限り、誰とも遭遇せずに済ませることが出来るだろう、そのように楽観
的に考えていた。
そして、その考えは奇跡的にも的中していた。結果論で言えば、佐織は会場の北東へと突き進んでいったのだが、
その辺り一帯には特に建物もなく、また森を抜ければ一面に砂浜が広がっていて、非常に遮蔽物が少なく、他の生
徒は本能的に近付かないようなエリアだったのだ。
別にそれを逆手に取ったというわけではないのだが、そういう偶然もあり、佐織は誰とも遭遇することはなかった。そ
う、あの2人を除いては。

1人目は、恩田弘子(女子4番)。
特に私生活で話したことはなく、また眼つきが鋭かったので(それにピアスもしていたし)、なんとなく話しかけ難い苦
手なキャラとして、彼女は位置していた。
そんな彼女が砂浜の近くの森をうろついていたのを発見してしまった時は、正直不味いことになったと思った。向こう
はこれ見よがしに両手で拳銃をガッチリと握っていたし、それに比べたら佐織に支給された武器は(いや、これはどう
考えても武器とはいえないな)、どこの家庭にでもあるような何の変哲もない洗濯ばさみであったのだから。
そっとやり過ごそうとして、音を立ててしまったのがいけなかったか。本当はじっとしていて過ぎ去るのを待っていたほ
うが良かったのかもしれない。だけど、相手は間違いなくこちらの方に向かって来ていたし、じっとしていたらじっとし
ていたで見つかりそうな気はした。まぁ、どちらにしろ見つかってしまったのだから仕方ない。
見つかったと感付くや否や、佐織は一気にダッシュをかけた。だが銃弾に敵う脚力などがあろうか。案の定銃を乱射
してきた恩だの一撃が、今でも疼くこの右肩へと命中した。その痛みは想像を絶するもので、同時に勢いよく背後か
ら跳ね飛ばされたような感覚も受け、簡単に転がって、そのまま転倒した。
このままだと確実に殺されてしまう。そう、脳裏を過ぎった時だった。

2人目は、辺見 彩(女子20番)。
何だかんだ言って彩とは3年間ずっと一緒のクラスだった。こんなにも多くの生徒がいる中で、初めて友達と呼べるよ
うな関係になったのが彼女、彩だった。
当時、佐織も彩と同じく犬を飼っていた。生憎その犬は佐織が幼稚園の時に飼われたものだったので、中学2年生
の時の冬で老衰により死んでしまったが、その犬の話題で2人で盛り上がった記憶がある。そのまま他の話題もす
ることが多くなり、今ではすっかり仲良しこよしの関係になってしまったわけだ。
佐織は他にも友達というものは沢山いたが、特に親しかった友はクラス替えで他のクラスになってしまい、そのまま
関係もうやむやとなってしまうこともあり、結局のところ、本当の友と呼べるようなクラスメイトは彩だけになってしまっ
た。そんな彩も、きっとこの会場の何処かで死んでしまうのだと、初めの頃は嘆いていた。
だが、度重なる偶然、いや……これもまた一種の奇跡なのだろう。彩もまた、この砂浜のあるエリアにいたのだ。
いきなりやってきた彩は、そのまま恩田と戦闘になり、そして、殺してしまった。

 その後、佐織は怪我でまともに動くことが出来なかったが、彩の助けを借りて、少し離れたところにあるここ、ホテル
矢代という建物へとやってきた。そこで早速彩は医務室へと向かい、少々荒っぽかったが消毒と止血、そして包帯ま
で巻いてくれた。それは決して上手いとは言えず、また佐織自身も何度も呻き声を上げていたが、それでも弱音は吐
かなかった。ここまで誠意を尽くしてくれている彩が、嬉しかった。
あの時は本当に鬱状態になっていた。恩田は確かに苦手な奴だったけれども、本当に殺そうとしてきたことに、本気
で怯えていた。そして、またその恩田を殺してしまった彩も、怖かった。もしも彩がやる気で、あの時佐織をも手にか
けていたとしたら。そう考えようとするのが情けない。疑心暗鬼に陥っていたのだ。
彩は本当に色々としてくれた。制服が汚れてしまったからと、従業員の服に召してやって来た時は驚いたものだ。そ
れは彩にはピッタリとしていたし、同性である佐織も正直惚れた。彩が汚れている制服よりも清潔なこっちを着ろとい
ってきたが、とてもじゃないけど着る気にはなれなかった。逆にショックを受けてしまいそうだ。
そんな風に、こんな状況だけれども彩のお陰で楽しかった。だが、それも特別ルールの施行によって、崩壊することと
なった。
6時間以内に、まだ誰も手にかけていない者は誰かを殺さなくてはならない。さもなければ、命はない。
佐織は爆破対象者だった。一体どうすればいいのか。どうすれば死なずに済むのか。答えは簡単だった。だけど、そ
うなると彩にまで負担をかけることになってしまう。それだけは、駄目だった。彩もそう好んで人殺しをしたいわけでは
ないだろう。だが佐織は怪我をしているし、彩もこのまま一人で行かせてくれるような冷たい人間でもない。結局、何
をするまでもないまま、時は刻々と経過していった。


 死にたくない。
 だけど、外へはいけない。

 なら、どうすればいい?


決して出してはいけないはずの答えが、佐織の脳裏を過ぎった。
手元が自然とCz75へと伸びる。


 殺してしまえ。
 目の前にいる女を、殺してしまえ。

 そうすれば、お前は楽になれるんだ。
 そうすれば、お前は死ななくて済むんだ。


 なに、あの女も、いつかは死ぬ運命なのさ。

 早いか遅いかの、違いだけさ。



悶々。
そして、心の中に潜む悪魔の声に促され、佐織は引き金を絞った。


 パァァンッ!!


「きゃぁっ!」

やはり、利き腕でない方で引き金を絞ったのはいささか無理があったようだ。
瞬間、銃口は全く関係ない場所を狙っていたし、弾もあさっての方向へと飛んでいってしまった。

 畜生、次は―― 。

次の弾を撃つべく、新たに標準を構えようとしたときだった。
反動に耐え切れずベッドの後ろへと倒れ、一瞬だけ彩から目を逸らしてしまったのだが、次にもとの位置を見たとき、
既にそこには誰もいなかった。
はっと気付いて医務室に置いてある机の上を見る。そこにある筈の、サバイバルナイフが、今はなかった。

 逃げられた―― ?

そう思ったときだ。
ありえない状況で、ありえない方向に、人の気配はあった。

「残念だよ……佐織……」

背後に、濃い緑色の裾が窓から吹き込む風ではためいている。
数多くの生徒が学校指定の制服を着ている中で、一人だけ違う制服を着ているのは。

「私を、ずっと殺そうと思っていたんだね……?」

ゆっくりと、振り返る。そこには、深緑の長いフレアースカートをなびかせる、彩が、いた。

 彩―― 。

その手に、サバイバルナイフが握られているのを確認したときには、既にそれは、佐織の心臓へと突きたてられてい
た。ありえない、スピードだった。

 ドクン。

心臓が大きく、鼓動する。
ナイフは、不思議と体と一体化してしまったような感じがして。


 ゆっくりと、再びベッドへと倒れこんだ。
 こうして伊達佐織は、裏切りという最悪の選択をしてしまい、最愛である親友に殺されることとなったのだった。


 自分でも信じられないようなスピード。
 信じられない速さ。

 俊敏さ。


「ねぇ、どうして? 私の何が、駄目だったの―― ?」

 辺見彩は、二度と帰ってくることのない友への質問を、そっと、なげかけた。
 そして、その答えを確かめもしないまま、医務室を後にし、何処かへと去っていった。


 後に残された伊達佐織の死体の目元には、うっすらと、涙の筋が浮かんでいた。



  女子10番  伊達 佐織  死亡



   【残り20人 / 爆破対象者9人】



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