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 E=2、古木のある場所。
 探知機に、新たに反応があった。


「ねぇ、利子……ちょっとペース、下げてくれない?」

 恵美は、小走りでどんどんと森の中を突き進む利子の後を懸命に追った。どうやら右足は軽い捻挫で済んでいたら
しく、この程度のペースならその痛さに崩れ落ちてしまうほどでもなかったが、それでもやはり支障はあった。まして
や走ることなど出来そうもない。
それでも、恵美はそのペースを維持し続けていた。そもそも怪我をしなければもっと速いペースで走る事だって出来た
のだ。責任は私のほうにある。恵美は自然にそう考える。

利子の方は、周囲の気配などを警戒する気は毛頭ないらしく、どんどんと突き進んでいた。既に文字盤は8を通過し
ている。即ち、利子にはもう時間がなかったのだ。
だからこそ焦りたい気持ちはわかる。恵美だって、快斗に会いたかった。多分それと同じくらい、利子も奈木君に会い
たがっているのだ。それなのに足手まといになってしまうのは、悔しい。

「やっぱ、厳しい?」

木の幹に手をかけながら、利子が振り向いた。その心配そうな目からは焦りの色も感じ取ることが出来た。チラリと手
首にかざしてある時計を見る。刻々と時を刻む時計に、利子は空を仰いだ。

 青い空だった。

「いや……大丈夫。それより、奈木君の居場所、この近くなの?」

「うん。動いてないんだったら、だけど」

そして利子は今度は地面に視線を落とす。溜息をついて、歩き始めた。

 思えばかなり早いペースで歩いている。いや、半ば小走りであろうそれは、地図の禁止エリアの縫い目を正確に通
過していた。なだらかな丘陵を一気に駆け抜けると、街道をまたいだ。そして森を通過すると、今度は山小屋の脇を
通り抜けた。本当に、この辺りの地理環境にでも詳しいのか、ほとんど地図も見ていなかった。

「もともとね、あたし達はここにいたんだ」

思考の中身を読まれたのだろうか。何も尋ねてないのに、利子は喋りだした。

「ここで米原さんに出会って、そしてお兄ちゃんと2人で仲間探しに出掛けて、あの丘陵を駆け抜けて佐久良君と本条
君と合流して。でも……みんな死んじゃったんだ」

山小屋を通過する。再び辺りは森一色となった。
利子は、私達と合流してからずっと黙っていた。その前まで何をしていたのかわからないし、利子からは何も話さなか
ったので触れないでいたのだが、そんなことがあったことに驚いた。まだ誰も放送では名前は呼ばれていないが、こ
の端末機では名前を確認しているのだ。


 そして、見た。
 端末機に、新たな名前が表示されているのを。


「小夜子……!」

前を歩く利子が足を止める。

「今……なんて?」

「小夜子が、死んだ……」

 そこには、赤い文字で『間熊小夜子』と表示されていた。それは即ち小夜子の死を表していたし、それ以外の何者
でもなかったのだが……不思議な感じだった。
利子も、何も喋らなかった。死んだら駄目だと約束して、それでも死んでしまって。直接この目で確認したわけではな
いのに、何故か小夜子の死に顔が浮かんで。不思議な、気分だった。
慣れているのだ。この、不条理に人が死んでしまうという状況に。もうこの島には十数人程度しか生き残っているもの
はいない。その中には自分達もいる。よくわからない、感じだった。

「死んじゃった……んだ」

利子は、感情を籠めずに言った。

「うん、死んだ」

私も、感情を籠めずに言った。そうでないと、泣いてしまいそうだったから。少しの間だけとはいえ、共に行動した仲間
が死んでしまったという事実に、泣いてしまいそうだったから。
だけど、今は泣いている場合じゃない。残り少ない時間、利子のために、出来ることは全てやらなければならない。

「利子、行こう。時間がない」

そして、恵美は再び小走りを始めた。ショック療法なのかどうかはわからないが、足の痛みは緩和されてきていた。
歩く程度の痛みに、もう慣れてしまったのかもしれない。
利子も走り出す。その先には大きな大きな古木が、目の前に聳え立っていた。

「あの根元に奈木君はいるんだ」

「そうなんだ……」

そこは、終着点。利子の、終わりの場所。
なるほど、こんな場所はわからない。快斗と一緒に歩き回ったこの森でも、こんなところまではこなかった。

 探知機には、『M−23』という青色の文字が浮かび上がっている。
それは即ち、まだここには奈木君がいるということを指し示していた。こんな辺境で一体何をしているのかはわからな
かったが、利子がこの位置を正確に知っていたということは、前にも一度ここであったことがあったのだろう。

 そして、その根元の位置に、『彼』はいた。

「奈木君……やっと、会えた」

その根元でうずくまって隠れていた奈木和之(男子23番)は、その声を聞くと、顔を上げた。

「砂田さん……!」

「やっと、会えた。奈木君、探したよ」

「なんで……?」

その言葉を遮るかのように、利子は奈木君の前に手を出して制した。そして、可愛らしくくるんと半回転して私を見る
と、えへへと笑いながら、言った。

「恵美。あなたは秋吉君のところへ行かなくちゃ」

「え?」

 その笑みは、眩しかった。
 別れというものは、突然来るもの。

「恵美……じゃあね」

 そうだ。私は、快斗を探さなくちゃならないんだ。
 そして……利子とは、ここで別れなくちゃならないんだ。そう、一生。


 だから。


「うん。じゃあね、利子」

 最期くらいは、笑って別れたかった。

そういえば、小夜子とは笑い合ってはいなかった。今となってはもう遅いのだが、小夜子とも笑って別れたほうがよか
ったのかもしれない。
恵美は手を振ると、もと来た道を戻るように、振り返って歩き出した。小走りとは違い、最早歩くだけなら痛みも感じな
くなっていた。

 振り返らなかった。
 振り返れば、未練が残ってしまうから。悲しみが、込み上げてしまうから。



 じゃあね、利子。



 心の中で、もう一度だけそう言うと、少しだけ、ペースを上げた。



 ―― ありがとう、恵美。



 そんな返事が聞こえた気がするのは、気のせいだったのだろうか。




   【残り14人 / 爆破対象者3人】



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