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 砂田の首輪。その喉もとの黒い液晶部分が、赤く明滅していた。
 そして、規則的に発せられる不快な電子音。意味が、わからなかった。

「もう、時間なんだ……」

 砂田が、愁いを帯びつつそう口にする。わからないことが、多すぎた。

「おい、どういうことなんだよ? わかんねぇよ……!」

不思議なことに、砂田は笑っていた。いや、喜怒哀楽で言えば、丁度哀楽が半々で収まっているような、微妙な笑み
をしていた。そして、そっと喋りだす。

「あたしね、まだ、誰も殺してないの」

その言葉を聞いて、そしてその意味を理解して。
慌てて手首につけた時計に目を落として、それが運命の時の5分前だということに気が付いて。

「まさか……その音―― 」

「爆破、5分前の合図……かな」



  ピ……、ピ……。



「駄目だ、そんなの。君を、死なせるわけには」

「いいの」

イングラムを取り寄せようと仕掛けたときに、遮るように彼女が止める。

「いいのって……」

「いいの。私は、生き残るべき人間じゃないの」

「どうして?!」

「あのね、奈木君。本部爆破計画って、知ってる?」

いきなり耳にした意味不明な単語の羅列。ホンブバクハケイカク? あ、本部爆破計画か。

「知らないよ、そんなの」

反射的にそう言ってから、思い出した。そう、あれは6時間前の放送だ。近くで、本部の中学校側から巨大な爆音が
聞こえてきて、なにか煙が上がっていたのを見た記憶がある。そして、銃声が一発して。それから、放送が再開され
て、特別ルールが言い渡されたんだ。

 まさか。

「この特別ルールの……」

「そう。あたし達は、米原さんに指導を受けて、お兄ちゃんや本条君、佐久良君と共に爆弾を作った。そして、本部に
軽トラックごと突っ込ませて、中学校を爆破したんだ」

「そんな……一体どうやって」

「それは言えない。でもね、実際あたしがお兄ちゃんを連れて沢山の仲間を集めたの。そして、一緒に爆弾も作った
の。つまり……あたしが、今回の特別ルールのきっかけなの」

「嘘だ。だいたい爆弾なんか―― 」

「簡単よ。武器にも恵まれていたし、本当に順調だった。でも、失敗したの。そのせいで、特別ルールのせいで、たく
さんのクラスメイトが死んだの。あたしのせいでだよ。それなのに、あたしだけがまだ生き残ってる。そんなの、不公平
じゃない」

「それはそうかもしれない。けど―― 」

だからといって、今ここで死ぬ必要はあるのかと続けようとしたけれど、言えなかった。
彼女は、苦しんでいる。恐らく他の死に逝く生徒達を見ていって、そのたびに自分がしてしまったことを後悔している。



  ピ、ピ、ピ、ピ。



電子音が早まる。運命の時間が、近付く。

「奈木君。最期まで付き合ってくれて、ありがとう」

「なに……言い出すんだよ」

「あのね、ホントにお礼が言いたいんだ。だって、あたし……奈木君のことが―― 」


「…………!」


 そっと、耳元で囁くその声。それは、頭の奥まで、響き渡った。
 今まで、抱いたことのない気持ち。まだ、異性という中では誰にも特別な興味を示さなかった自分。

 顔が、真っ赤になった。

 初めて言われた。純粋な気持ち。
 よくある漫画の一シーン。自分なんか、決してこんな場面は来ないだろうと思ってた。

 それが、置かれている状況や、夕暮れ時ではないという違いはあるけれども、今まさに、現実となっていた。

 次の瞬間、何かが自分の中ではじけていた。
 イングラムをセミオートにして、彼女に手渡した。


「……ありがとう。こんなの、初めてだ」

「奈木君―― 」

「君を死なせるわけにはいかない。僕が許させない。それで、僕を殺せ。そうすれば君は助かるんだ」



  ピ、ピ、ピ、ピ。



「無理だよ、出来ない」

迷わずに、彼女、利子はイングラムを床に置いた。そして、次の瞬間、自分の体に、抱きついてきていた。
なんだか何もかもわからなくなって、僕も利子をぎゅっと抱きしめる。初めて女の子を抱いて、第一印象は、なんだか
柔らかくて、いい香りがしていたことだった。

「奈木君、奈木君―― 」

そして、利子は泣いていた。
何度も何度も、自分の名前を読んでいた。知らない間に強く強く、抱きしめていた。


 短すぎる。時間が、足りなすぎる。
どうして、やっと……気持ちを確かめることが出来たのに、なぜ、もう……終わってしまうのだ?
もっと早く利子の気持ちに気付いていれば。もしも、プログラムなんかに選ばれていなかったのなら。あんなに、近く
にいたのに。一番身近な、女の子だったのに。



  ピピピピピピ。



電子音がさらに短くなる。このままの状態でいたら、利子の首輪が爆発した瞬間、僕も一緒に死ぬことになる。だけ
ど、それでも構わなかった。一分、一秒でもいい。利子と、少しだけでも長く、こうしていたかった。

「ごめん……ごめんよぉ……」

申し訳なかった。もっと、早く気付いていれば、よかったんだ。
何度も何度も繰り返して頭の中を駆け巡る感情。熱かった。そして、締め付けられるように苦しかった。
それはもしかすると、自身が気付いていなかっただけで、心の奥底では、利子を意識していたのかもしれないと、そう
思って。そして、後悔して。

「奈木君……やっぱ、駄目だよ」



  ピ―――― 。



「……え?」

突然、そのけたたましい音が鳴り響いた瞬間。利子が、僕を突き飛ばした。
あまりにも突然すぎて、簡単に僕は跳ね除けられて、尻餅をついた。軽い痛みと共に顔を上げると、そこには利子が
ゆらゆらと立っていた。その目は、涙のせいで赤い。

「奈木君は……こんなとこで死んじゃ、駄目なんだよ」


そして、最期。彼女は、笑った。これ以上ないくらい、満面の笑みをしていた。




「バイバイ、奈木君」




 次の瞬間、利子が茂みの向こう側へと消えた。
 そして、ズドンというくもぐった音と一緒に、閃光と紅い飛沫があがって、そして再び辺りは静かになった。






“はーい、みなさん。お久しぶりねー。担任の道澤ですよー”






 はっとして、手首の時計を見る。
 正午ジャストから、7秒が経過していた。それは、即ち。


「あああああああぁぁぁぁぁぁぁあああっっっ!!!」


 天に向かって、奈木和之は、吠えた。
 おそらくもうあの世へと旅立ってしまった、利子に向けて。




  女子8番  砂田 利子  死亡




   【 残り11人 / 起爆 】



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