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 辺見 彩(女子20番)は、慎重に歩き続けていた。
 放送が終わってから、間もなく30分が経過する。辺りはまだ、静まり返っている。


 ―― いつ、試合は再開する……?


 そう、不気味なほどに、何も感じられなかった。五感を研ぎ澄ましても、誰の気配も感じられなかった。


 放送の時は、彩は地図でいうB=5の舗装された道路上を歩いていた。いつの間に放送の時間になっていたのだ
ろうかと、慌てて道端に隠れて、そして放送を聴いていた。特別ルールについてはどうなったのだろうかと思っていた
が、想像以上に凄まじい効果を果たしていたといえる。クラスメイトの半数以上がこのルールにより消え、そして生き
残った僅か11人の生徒は、全員人殺しとなったのだった。そう、それは勿論彩も論外ではない。
正当防衛だったとはいえ、既に彩は2人も殺している。一人目は、今も尚右手で握り続けているCz75の元の所持者
である、恩田弘子(女子4番)。そして、それ以来共に行動をしていたが、特別ルールにより裏切りを図ろうとしてしま
った、親友である伊達佐織(女子10番)。どちらも、支給武器であるサバイバルナイフで首を掻っ切って殺している。
そのナイフは、今はポケットに収まっている。今、彩がホテルで着替えた従業員の服。その利便性のためだろうか、
ポケットの大きさはかなりあり、ナイフこそ大きかったけれども、全く問題なく収まった。

 辺りに、人の気配は感じられない。

まだ季節は冬だというのに、首筋を汗がつっ……と流れる感触。これは、悪寒だろうか。背後に迫りつつある、死へ
の恐怖だろうか。答えはどこにも、見当たらない。

 怖い。

たった独りぼっちになって、彩は怖かった。初期の頃も単独行動をしていたが、その時は今ほど怖いとは思っていな
かった。だが、佐織と行動を共にして、その意識はガラリと変わってしまった。
佐織が居たときは、彩は安心感を少しながら抱いていた。同じ人間が傍にいる。ただそれだけで、安心感を抱くこと
が出来た。なのに、今、その人間を失っただけで、こんなにも自分は孤独だ。寂しい、それが、今の気持ち。
頼ることの出来る友達など、もういない。いるのは、自分と同じ、人殺しのみ。そう、それは孤独な戦い。一人ぼっち
の、戦争だった。
もしも今、目の前で粕谷 司(男子7番)に遭遇したとしたら、彼は一体どうするだろうか。きっと、やる気になっている
彼。恐らく、恰好の獲物と思い、容赦なく襲ってくるのだろうか。それとも、片思いであるから、一度くらいなら見逃して
くれるのだろうか。
だが、自分は彼の気持ちに応えることは出来ないのだ。確かに司は幼馴染だ。多分、男子の中で一番ふれあう機会
が多かったのは、紛れもなく司だ。だけど、所詮そこまでだ。司は司。私は彼が大好きだ。だけどそれは、恋愛感情
を踏まえての好きではない。幼馴染としての、好きなのだ。
その事実を知ったとき、彼はどうするだろうか。それでも、私を見逃してくれるのだろうか。いや……なんて都合のい
い考え方をしているんだ、私は。そんな甘い考えなんて、ここでは通用しないのだ。

 寒い。

風が、ふっと吹き抜ける。はためく裾を、そっと手で押さえる。
この島には、もう60人以上の死体が転がっている。そう考えるだけで、風は冷たく、そして儚い。


「…………!」

 その時だ。
 微かだが、人の気配を感じた。

 それは、なんとなく。こう……確信できるものではなかったけれど、そういう雰囲気が、肌で感じ取れた。

「誰……?」

そっと伏せていた顔を上げて、辺りを見回した。そして、目に付いたのは、港にある、一軒の建物。土産屋だった。あ
そこに誰かが潜んでいる。直感的に、彩はそう思った。
誰かが、今、自分のことを見ていた。一体どういう目的で? ただ、そこにいたから? それとも、私を銃か何かで仕
留めるため?
右手で握っているCz75を、さらに強く握り締める。いつでも撃てるようにと、撃鉄は起こしっぱなしだ。
そして、一歩一歩、そっと近付く。なるべく相手に感付かれないように、建物の壁に身を潜めながら、慎重に歩を進め
ていく。気配は、完全に消えていた。間もなく、そう呼べる距離まで来たときだった。

「……君は誰、かな」

突然、その建物の中から声がした。その窓は、いつの間にか、開いていた。
その声を聞いた瞬間、ビリビリっと、電気が彩の中を駆け巡った。

 まさか、そんな。
 こんなことって……。

憧れていた、その声。きっと見つけ出すことは無理だろうけど、出来ることなら、会いたかったその声の持ち主。
それが、まさかこんな時に遭遇するなんて。

「いるんだろう? もう一度聞こう。君は、一体誰なんだ」

はっきりとした声で、今度は威圧的にその声が響く。
体が、自然と震えた。震える右手を、左手でそっと押さえる。そして、ゆっくりと、彩は口を開いた。

「彩……辺見、彩だよ」

 風が、吹きぬけた。

「辺見さんか。どうだい、ちょっと……話をしてみないかい?」

 だけど、人殺しだ。私も、あなたも。
 それでも……信頼できる、何故なら、それはあなただから。

「……わかったわ」

 彩は、そう言うと、窓の前に姿を曝け出した。
 そして、窓の内側には、2人の男子、永野優治(男子22番)と、峰村厚志(男子31番)が、いた。



  【残り11人】





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