唐津洋介のもともとの支給武器であるコルト・ガバメントから吐き出された一発の鉛の弾は、走り続けていた朝見由 美のすぐ脇にある木の枝を撃ち砕いた。その様子を間近で見た朝見は、恐怖で震えていた。 ―― 冗談じゃない……もう追いついてきたというの?! 慌てて、進路を右へと曲げる。脳内コンパスがくるくると回る。そうだ、こっちの方角は東だ。このまま走り続けたら間 違いなく禁止エリアだ。禁止エリアであるE=3はすぐそこ。うちは武器は智佳に支給されたレイピアしかない。駄目 だ、追いつかれた瞬間……いや、あいつの射程距離に入った瞬間、うちは撃ち殺される。 今度は左へ曲がる。北だ。禁止エリアはないけれども、すぐに森でなくなる。遮蔽物がなくなった瞬間、あいつは容赦 なくうちを撃ち殺す。駄目だ。畜生、もと来た道を戻るしかない。 再び左へと進路を変更する。こっちは西だ。程なくして崖になる。そうなると、もう本格的に逃げ場がない。つまり、ど の道も駄目だ。やはり南しかない。 パァン! 今度は足元の草が弾けた。 徐々に距離が縮まってきている気がする。いくら向こうが重い荷物を持っていたって、向こうは男子。うちは運動神経 はいい方だけど所詮女子。明らかにスタミナの量が違う。 あぁ、煙草は吸ったこともないし、酒も飲んだことはない。体力が減るはずなんてないのに。どうして、女のほうが弱い んだろう。 再び銃声。担いでいるデイパックに当たったような気がした。一瞬だけ、体が前のめりになる。 ヤバイ。自分が聴いた銃声は今のところ3回。多分拳銃の装弾数は最低でも6発。今はそれ以上だと考えた方がい いだろう。あと4回も5回も、あいつが外すとは考えられない。しかも、最悪の場合、あいつはまだ拳銃を持っているか もしれないのだ。 仕方ない。 朝見は、担いでいたデイパックを投げた。体が、ふわっと軽くなる感覚があった。これで、自分は武器のレイピアを右 手で持っている以外は丸腰だ。悪いけど、こいつだけは捨てるわけにはいかない。 しかし、この行為は正解だった。唐津の現在撃っているコルトガバメントの装弾数は全8発。あと弾は5発分装着され ている。実際、朝見と唐津の距離はまだそんなに近いわけではなかったが、唐津の射撃の慣れを考慮すると、もう少 しこの行為が遅れていたら、朝見の命はなかったであろう。 朝見は一気にスパートをかけた。唐津はそれを追う形となる。だが、唐津も男子とはいえ所詮中学生だ。体格は並で あるし、マシンガンに拳銃2丁を所持しながら走るのは、流石に体力を消費する。既に十分以上走り続けているのだ から、そろそろこちらのスタミナも切れ気味だった。 朝見には、驚異的な方向感覚があった。それは生まれつきであったし、なんとなく太陽の位置関係から方角を推測 できた。人間にはもともと磁場を読み取る力が微かながらにあるというが、朝見には強力な力が備わっていたのであ る。地球も大きな磁石である。北極はS極、南極はN極だ。南から北へと流れる磁場、それこそが、朝見の方向感覚 の伝手となる。 その力のお陰でE=2、F=2、F=3、G=3と、禁止エリアを掠めながらもギリギリの線で朝見は通過に成功した。 だが、その本能が、間もなくこちら側の森も終焉を迎えると言っていた。 体力はとっくに限界値を過ぎている。それは唐津とて例外ではなかった。既に2km以上を走っているのだ。しかも、 きちんと舗装された道路ではなく獣道である。互いにスピードは落ちた。しかしそれでも、必死に狩ろうとして唐津は 走り、そして殺されまいと朝見は必死に逃げていた。 しかし、もう限界だった。 「あー……仕方ないな……」 一瞬だけ、後ろへと振り向く。微かだが、唐津の姿は見えていた。 また、距離が開いているような気がする。向こうも、もう限界なのかもしれない。うちも……とっくに足は腐っている。仕 方ない、湾条と同じ手を使うしかない。 朝見は二股に分かれている場所で右に折れると、瞬時に茂みへと姿を消した。だが、そこで気がついた重大なミス。 湾条の時は朝見が走っていたから足音がごまかせたが、今回は誰も走っていないから、近くに隠れたということがば れてしまう。そうなると、唐津も警戒するだろう。 そうなったときは……もう、レイピアで奇襲するしかなさそうだった。 だが、その時だ。 奇跡が、起こった。 目の前で唐津がキョロキョロとしていると、左に折れた側から、微かに茂みが揺れる音がしたのだ。風ではない。明ら かに、人為的なもの。一瞬だけ湾条の顔が浮かんだが、違う。あいつもそんなに馬鹿じゃない。 唐津は足を止めてそちらを窺うと、ゆっくりと再び歩き始めた。 そして、十分が経過する。 唐津が戻って来る気配はない。 「……助かったぁ」 しかし、一体。 向こうには、誰かいたのだろうか。 【残り11人】 PREV / TOP / NEXT |