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「……なんだ、こんな所に居たのか」


 朝見由美の返事は、どこか変だった。
 その唇はつり上がってはいたが、眼は動揺していた。

「そう変な事でもないだろう」

 快斗は言い返す。
 今度は、はっきりと朝見が笑った。そして、磯貝智佳(女子2番)の命を奪ったレイピアを、右肩にかける。

「……何がおかしい」

 快斗は、そっと刀を朝見へと突きつけた。距離にして5mあるかないか。遠間だった。しかし、この緊迫した状況で、
一足一刀の間へと持ち込むことは、困難に思えた。相手はレイピアだ。朝見がフェンシングを習っていたなんて聞い
たこともない。だが、素人でもその動作くらいはわかるだろう。しかも、試合では右手を狙うのが常だが、この状況で
は何処を突いたって構わないのだ。
剣道だってそうだ。面・小手・胴、その三箇所を狙えばいいわけではない。手っ取り早く仕留めたいのなら、居合斬同
様に首を刎ねればそれでおしまいだ。その点では、なまじ武術を習っているよりも素人の方が危険だった。

「変だ」

「……変だと? 俺が、か?」

「違う。この状況が」

この状況がおかしい。なんとも変な国語だ。お前の方がよっぽど変だ。
じりじりと、間合を詰めていく。現在目測4mか。朝見はまだ、動かない。

「秋吉。あんた、誰を殺した」

「……答える義理はない」


「福本」


福本五月(女子19番)の名前が出た瞬間、快斗はピクっと眉を寄せた。
じっと朝見の眼を見る。吸い込まれそうな、不思議な眼をしていた。

「それに……まだ誰か殺してるね。その刀でやったのか」


 ―― こいつ……何者だ。


「どうして俺が殺した奴の名前を知ってるか……か。はて、どうしてだろう」

なるほど、読心術か。こいつは、優れた能力を持っている。
厭らしい笑みが、いっそう快斗の不満を増長させた。

「お前……ふざけてんのか」

「凄い返り血。うちより酷い」

今度は左手で指差す。確かに、朝見は磯貝を殺害した際にある程度返り血を浴びている。ブレザーが、どす黒く滲ん
でいるのは太陽の光に晒されてはっきりとしていた。だが、それ以上に快斗のワイシャツについた鮮血は酷かった。
天宮将太(男子2番)を斬り殺した際に吹き出た血液は磯貝の比ではなかったのだ。
成程、言われてみれば、確かに俺の方がよっぽどやる気のように見られてもおかしくはない。

 だが。

「正当防衛だ。襲われたから殺した」

「別に聞いちゃないよ」

けたけたと笑う朝見。してやったりというその顔は、非常に快斗を苛立たせた。
朝見にいいように振り回されている自分が、情けなく、そして腹立たしかった。

「……まぁ、うちだって正当防衛。殺されそうになったから、殺した。あんたと一緒さ」

「お前と一緒だと……? 笑わせるな、それでどうして幼馴染を葬れる」

「生きたいから……少しでも、長く、生き延びたいから、さ」

「……その為なら、大切な友人を殺してもいいのか?」

 笑っていた朝見は、その一言で無表情になった。
 そして、俯き加減で、言い放った。


「構わない」


 顔を上げる。その眼は、何処かで見たような眼。
 あぁ、そうだ。これは、朝見が磯貝を殺した後、俺と眼が合った時の。

「殺したって、構わない。友達だろうが、悪友だろうが、面識のない奴だろうが、うちが、それが正しい行為なんだと、
 堂々と言えるなら。殺したって……構わない」

「……それが、お前の意見か」

 朝見は、堂々と頷いた。
 恵美とは趣向が違うが、毅い眼を、していた。


「お前を殺していいのかどうか……わからなくなったよ。俺には、堂々と胸張ってお前を殺す理由がない」


 再び、朝見がにやりと笑う。だが、今度は快斗の感情に変化はなかった。

「さて、秋吉に言うことがあるんだけど」

「……なんだ」








「うち、さっきまで湾条といたんよ」








 その眼は、まだ、笑っていた。
 まるで、その奇妙な運命を、嘲笑うかのように。







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