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 ポケットからくしゃくしゃになった地図を取り出して、再度広げる。
 E=5、自治会館。なるほど、目の前にあるくたびれた建物はこの島の中心だったのか。

 朝見由美(女子1番)は、ゆっくりとその建物を見た。

「どう見ても……ただのボロ小屋じゃないか」

 一体、いつからここにこの建物は建っていたのだろうか。そう思うほど、この木造の建物はツタがぎっしりとひしめき
合っていたし、いつのものかわからないような島民選挙のポスターが剥がれかかっていた。
思わず独り言。慌てて辺りを見回したが、誰の気配も感じられなかった。どうやら、あいつもこっそりとつけてきている
ような真似はしていないらしい。


 あいつ、そう―― 秋吉快斗(男子1番)だ。


秋吉と遭遇したときは、本当にヤバイと思った。
向こうは明らかに(まぁ、当然だとは思うが)殺気だっていたし、もしもあいつを説得できなかったら、今頃あの刀で斬
り殺されていたのだろう。もしも直前に湾条恵美(女子34番)に遭遇していなかったら、そう思うと、ぞっとする。

 あれから、秋吉はまずうちに湾条の安否を聞いてきた。
右足を痛めているらしいことを伝えると、再び心配した顔つきになって、何処で遭遇したのか、どんなことを話したのか
など、とにかく色々と質問攻めにされた。
そして、一通り聞き終わると、完結に礼を言ってそちらの方へ行こうと駆け出したので、慌てて呼び止めたのだ。

「ちょ……秋吉! 待てよ!」

「なんだよ」

「まだ話は終わってない、慌てるなって。急いでも……無駄死にするだけだ」

語調を強めて、そう……はっきりと言った。
その言い方に、秋吉は難色を示す。足を緩めて、再びこちらへと向かってきた。

「無駄死にだと?」

「あぁ、確かに湾条と別れたのはG=3だ。だけど、いつまでもそこに留まっていると思うか? ましてやうちら、唐津
 に命狙われてたんだよ。うちもなんとか唐津から逃げられたけど、あの森には今も唐津が眼利かせて獲物を探し回
 っているんだよ。そんな危険地帯にむざむざ足を入れるなんて、無謀だ」

「そうかもしれないな」

「そうかもしれないって……あんたさ、事の重大さわかってんの? 死んだら元も子もないんだよ。湾条だって馬鹿じ
 ゃない。唐津に見つからないように気配消して動き回ってんだよ。見つけられるわけ……」

「見つけるんだよ」

捲し立てる言葉を遮るように、ピシャリと秋吉は言った。剛く、そしてはっきりと。
拳を握り締めて、自分の胸元へと引き寄せていく。眼を硬く結び、もう一度、はっきりと。

「見つけるんだ、恵美を」

「無謀だよ、あんたは」

「構わない。可能性があるなら、行かないわけにはいかないんだ」

「死ぬかもしれないんだよ」

「俺は死なない……絶対に死なない。死んでたまるか」

確固とした意思の元に成り立つその行動は、どうやら止めることは許されないらしい。
もうこの男を引き止めることは出来ない。

「じゃあ、勝手にしな。死んだって知らないんだから」

「……ありがとな、朝見」

唐突に言われたその感謝の意は、素直に受け止めることが出来なかった。
さっきまで殺す殺すと言っていたのに、やはり秋吉は理解できない。

「……ふん。まぁ、せいぜい頑張ってね」

「わかってるよ。じゃあ、そっちも程々にな」

そう言い残して、今度こそ秋吉は森へと走り去ったのだった。





 それが数分前。そして今、その真っ直ぐすぎる男の気配は微塵も感じない。
 本気で、恵美を探しているらしい。その実直さだけは、褒めてやろう。


  ―― 同感だ。うちだって、死んでたまるか。絶対に、生き延びてやる。


 レイピアを、ゆっくりとした動作で構えなおす。
 その剣先の遥か先には、同じく剣をこちらに向けて構える姿があった。


  ―― 今度は、話すゆとりも無い……か。


 視線が合う。どこまでも沈んでいく、闇のような感覚に捉われる。

 全身を返り血で染めた姿。秋吉なんかとは桁違いだ。
 彼女は、にっと微笑むと、一気に駆け出した。


  ―― あんなの、敵う筈が無い……!!


 同様に、駆け出す。方角は北、まだゆとりはある。
 背後から迫ってくる辻 正美(女子11番)は、さて……どうやって逃げ切ろうか。



  【残り11人】





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