151


 朝見由美(女子1番)は、走っていた。
 振り返りもしない。そこにいるのが誰だか、もうわかっていたからだ。


「……ぁあ、ちくしょうっっ!!」

 限界だった。
 もう……無理だった。


  足が痛い。
  腿が痛い。
  筋が痛い。
  腹が痛い。


 唐津洋介(男子8番)から逃げるときに、既に体力の大半は失っていた。
 だが、その数十分後である今、今度は辻 正美(女子11番)に追いかけられている。

 咆哮を上げた。だが、どうすることも出来なかった。ただ無駄に体力をすり減らしてしまうだけ。
 ただ、ひたすら走る。周りは禁止エリアだらけだったが、頭に叩き込んでおいた地図を思い浮かべてひたすら走る。
 ここはどこだろうか。先程見かけた消防署、あれはエリアでいうとどのあたりだったのだろうか。

 肉体の限界はかなり高いと聞く。だが、そこに到達する前に、精神の限界が訪れる。
 今の自分はどうなんだろうか。まだ、本当は走れるのだろうか。それとも、これが本当の限界なのだろうか。

 耳を澄ませば、背後からはまだ足音が聞こえている。
 自分のものではない、足音。やがて訪れる、死の旋律。


  まさか。
  うちが……死ぬ?


 嫌だ。まだ死にたくなんかない。
 嫌だ。こんなことで、死ぬだなんて絶対に嫌だ。
 死にたくない。死にたくなんかない。


 もっと、生きたい。
 生きたい。


 だから、足は止めない。限界はまだ来ない。
 だから、足は止めない。限界はまだ先だ。


「まだだ……まだ行ける」


 まだ、行ける。



 そう思った時だった。



 何もない、真っ平な草原。
 足が、もつれた。

 次の瞬間、激しい衝撃と共に、体が草むらの上を何度も転がる。
 何もないのに、転んだ。立ち上がろうとして、異変に気付いた。足が、動かなかった。
 力が全く入らない。立ち上がろうとしても、体が反応してくれない。


  限界。


 この二文字が、脳裏を過ぎる。
 とうとう肉体の方に、限界が来てしまったのか。何度も連続して命のやり取りをして、ついにいかれたか。

 そっと、後を見る。太陽の光をバックに、辻がそこに、いた。
 笑っていた。笑いながら、日本刀を右手で握り締めていた。

「辻……テメェ」

「朝見さん、走らないで欲しいな。あんまり走るの得意じゃないんだから」

「はっ……そいつは、悪かったね」

 大きく深呼吸をする。動け、足。動け、腿。
 左足が、プルプルと震えている。微かだが、感触が戻ってきていた。

「勿論、わかってるよね」

「……何が、かな」

「殺す、からね」

 直後、辻が斬りかかってきた。反射的に、跳躍を試みる。だが、足がついてこない。
咄嗟に、握っていたレイピアを前に突き出す。串刺しを恐れたか、辻はすぐさま横へと体を捻った。そして、続けてさら
に突きを繰り出してきた。今度は横へと転がり込む。そして、その勢いで立ち上がった。足に力が少しだけ、戻ってい
くのがわかった。すぐさま、レイピアを前に突き出して構える。

「あらま、朝見さん。フェンシングなんかやってたっけ?」

「知らないね。だけどそんなの、どうにでもなるだろ」

 嘘だった。辻は剣道部だ、それもかなり上手いと聞いている。そんな奴に日本刀を持たせて、果たして自分なんか
が敵うだろうか。笑えるものだ。敵わないと判断して逃げ出したというのに。

「……じゃあさ、やってみようか」

「は?」

「フェンシング対剣道。昔ある番組でやっててさ、いつかやってみたいなって思ってたんだ」

 笑う辻。そこに、違和感を感じた。
 一応、向こうの方が圧倒的に有利だ。だが、こちらの武器だって殺傷力は充分持ち合わせているのだ。

 なのに、あんなにも辻は楽しそうに。


「あのさ、辻」

「なに? はじめる?」





「なんでそんなに、お前は楽しそうなんだ」






 時が、止まった。

 風が、吹く。






「ふふふ、ふふふふふふ……あっはははははははははははっっ!!」



 そして、唐突に辻は笑い出した。
 その姿が恐ろしくて。

 自分から畏怖の念が滲み出るのが、手に取るように感じられた。



  【残り10人】





 PREV  / TOP  / NEXT