朝見由美(女子1番)は、走っていた。 振り返りもしない。そこにいるのが誰だか、もうわかっていたからだ。 「……ぁあ、ちくしょうっっ!!」 限界だった。 もう……無理だった。 足が痛い。 腿が痛い。 筋が痛い。 腹が痛い。 唐津洋介(男子8番)から逃げるときに、既に体力の大半は失っていた。 だが、その数十分後である今、今度は辻 正美(女子11番)に追いかけられている。 咆哮を上げた。だが、どうすることも出来なかった。ただ無駄に体力をすり減らしてしまうだけ。 ただ、ひたすら走る。周りは禁止エリアだらけだったが、頭に叩き込んでおいた地図を思い浮かべてひたすら走る。 ここはどこだろうか。先程見かけた消防署、あれはエリアでいうとどのあたりだったのだろうか。 肉体の限界はかなり高いと聞く。だが、そこに到達する前に、精神の限界が訪れる。 今の自分はどうなんだろうか。まだ、本当は走れるのだろうか。それとも、これが本当の限界なのだろうか。 耳を澄ませば、背後からはまだ足音が聞こえている。 自分のものではない、足音。やがて訪れる、死の旋律。 まさか。 うちが……死ぬ? 嫌だ。まだ死にたくなんかない。 嫌だ。こんなことで、死ぬだなんて絶対に嫌だ。 死にたくない。死にたくなんかない。 もっと、生きたい。 生きたい。 だから、足は止めない。限界はまだ来ない。 だから、足は止めない。限界はまだ先だ。 「まだだ……まだ行ける」 まだ、行ける。 そう思った時だった。 何もない、真っ平な草原。 足が、もつれた。 次の瞬間、激しい衝撃と共に、体が草むらの上を何度も転がる。 何もないのに、転んだ。立ち上がろうとして、異変に気付いた。足が、動かなかった。 力が全く入らない。立ち上がろうとしても、体が反応してくれない。 限界。 この二文字が、脳裏を過ぎる。 とうとう肉体の方に、限界が来てしまったのか。何度も連続して命のやり取りをして、ついにいかれたか。 そっと、後を見る。太陽の光をバックに、辻がそこに、いた。 笑っていた。笑いながら、日本刀を右手で握り締めていた。 「辻……テメェ」 「朝見さん、走らないで欲しいな。あんまり走るの得意じゃないんだから」 「はっ……そいつは、悪かったね」 大きく深呼吸をする。動け、足。動け、腿。 左足が、プルプルと震えている。微かだが、感触が戻ってきていた。 「勿論、わかってるよね」 「……何が、かな」 「殺す、からね」 直後、辻が斬りかかってきた。反射的に、跳躍を試みる。だが、足がついてこない。 咄嗟に、握っていたレイピアを前に突き出す。串刺しを恐れたか、辻はすぐさま横へと体を捻った。そして、続けてさら に突きを繰り出してきた。今度は横へと転がり込む。そして、その勢いで立ち上がった。足に力が少しだけ、戻ってい くのがわかった。すぐさま、レイピアを前に突き出して構える。 「あらま、朝見さん。フェンシングなんかやってたっけ?」 「知らないね。だけどそんなの、どうにでもなるだろ」 嘘だった。辻は剣道部だ、それもかなり上手いと聞いている。そんな奴に日本刀を持たせて、果たして自分なんか が敵うだろうか。笑えるものだ。敵わないと判断して逃げ出したというのに。 「……じゃあさ、やってみようか」 「は?」 「フェンシング対剣道。昔ある番組でやっててさ、いつかやってみたいなって思ってたんだ」 笑う辻。そこに、違和感を感じた。 一応、向こうの方が圧倒的に有利だ。だが、こちらの武器だって殺傷力は充分持ち合わせているのだ。 なのに、あんなにも辻は楽しそうに。 「あのさ、辻」 「なに? はじめる?」 「なんでそんなに、お前は楽しそうなんだ」 時が、止まった。 風が、吹く。 「ふふふ、ふふふふふふ……あっはははははははははははっっ!!」 そして、唐突に辻は笑い出した。 その姿が恐ろしくて。 自分から畏怖の念が滲み出るのが、手に取るように感じられた。 【残り10人】 PREV / TOP / NEXT |