「……なんか嫌だな」 先頭を歩く永野優治(男子22番)が、突然立ち止まる。 必然的に、その後にいた辺見 彩(女子20番)と、最後尾の峰村厚志(男子31番)も立ち止まった。 「どうした、優治」 「……微かだけど、なんか聴こえないか」 そう言われて、そっと耳を澄ましてみる。聴こえるのは、風にそよぐ草の音。こんな状況でなければ、きっと心地よい 音なのだろう。だが今では、ただの雑音にしか聴こえない。 今、地図で言うと俺達がいるのはC=4だった。先程まで居た港は、既に禁止エリアとなって立ち入ることは許され ない。現在も尚、あそこには俺が殺した堀 達也(男子29番)や、優治の殺した原 尚貴(男子27番)の死体が転が っているのだ。もしかすると、他にもまだ死体はあったのかもしれない。 とにかく、優治は辺見を仲間に加えた。辺見は素直にそれに従い、自分が今まで何処で何をしてきて、そして何を見 てきたのかを全て話してくれた。それは俺よりも凄まじく、そして悲しい経過だった。 突然襲い掛かってきた恩田弘子(女子4番)を殺害、同時に行動を共にした親友の伊達佐織(女子10番)も、魔の六 時間によって正気を失い裏切りをして、辺見に殺害されている。 何故辺見は制服を着ていないのか、それはよくわかる。恐らく、返り血を浴びたままでいるのが嫌だったのだろう。確 かに、俺も優治も、制服は返り血でくすんでいる。まぁ、辺見のそのホテルの従業員の制服も、伊達佐織の殺害時に 返り血を浴びていたので、一目見て殺人者だとわかる装いなのだが。最早どうでもいいことだ。現在生き残っている 人間は、人殺しの他ならないのだから。もう、隠す必要なんかないのだ。 「なんとなく、聴こえる。草の音に混じって、なにかが……」 辺見がそう返事をすると、優治は今度は俺を見た。残念ながらそこまで耳はいい方じゃない。俺は困った顔をして、 首を横に振る。優治は苦笑すると、続けた。 「足音、だな。よく澄ますと草を掻き分ける音もする」 「よくわかるなお前」 「スポーツやってるとな、色々と鍛えられるんだよ」 苦笑いを浮かべながら、優治は近くの民家の陰に移動した。つられて、俺と辺見も後に続く。 優治がフェンシングの凄い腕前だということは、クラス内ではあまり浸透していない。もともとうちの中学にフェンシン グ部なんてないし、恐らくその競技自体もこの国には浸透していない。一部の若者が、近くの民営道場で稽古をして いる程度の規模なのだから。 そしてその道場に優治が通っていることを知ったのは、中学で彼と知り合ってからしばらく経った後だ。偶然にも、近 所で買い物をした帰りに道場へと入る優治を見つけたのがきっかけだった。本人に聞いたが、別段隠しているわけで もないのだという。だが、そんなに喋ることでもないからとも言っていた。確かに、同じクラスの秋吉快斗(男子1番)も また、別の道場で居合道をやっているらしいことはなんとなくクラス内に浸透していたが、当の本人はその話題を口 に出したこともない。まぁ、記憶の中ではだが。 しかし……どうも不思議な組み合わせだった。もともと華奢な体をしている割には、しっかりとした筋肉がついている のだ、優治は。時々原と話をしたときに聞いたのだが、どうやらそこの師範がかなり厳しいらしく、さらに大会でなかな かの成績をたたき出している優治は、特に気合を入れているらしい。よく考えてみれば、授業中によく寝るのが多い のは疲れていたからだったのだろうか。正直に言うと、68人もいるクラスの中では大人しく目立たない生徒だった が、改めてこいうい状況になると、しっかり者で頼れる生徒。頼もしかった。 「優治。俺等さ、診療所に行くんじゃないのか」 港を出発するときだ。優治は次の目的地を、大竹診療所だと言った。C=4、つまりこの付近に存在している筈の建 物に、それがある。しかし、今自分達がいる場所は、妥協してもとても診療所には見えない。 「まぁ待て。言っただろ、嫌な予感がするって。少し休憩兼様子見だ」 「あ、もう2時だよ。どうりで喉が渇くと思ったぁ。ね、峰村君。少し休もうよ」 「あ……あぁ、そうだな。そうすっか」 そう言って、辺見の隣に腰を降ろす。 よく考えれば、今この場所に辺見がいるのもおかしな話なのだ。何故優治は辺見を信頼したのだろうか。明らかに原 の時とは態度が違う。辺見だってそうだ。親友に裏切られて徘徊していたのに、どうして普段接点のない俺達と合流 する気になれたのか。現に辺見は拳銃を所持している。殺そうと思えば殺せたのだ。だが殺さない。つまり、辺見は やる気ではないのか、それともただ単に生き残る為に俺達を利用しようとしているに過ぎないのか。優治もまた、同じ なのかもしれない。以前にも、生き残りたいと言っていた。だが、生き残れるのは1人だけだ。その為には、まずは目 の前にいるこの俺を殺さなくてはならないのだ。つまり、俺や拳銃を所持している辺見を利用しているだけなのか。も しかしたらそうなのかもしれないし、逆に純粋にやる気になっているわけではないのかもしれない。 考えれば考えるほど、頭が混乱してくる。だが一つわかるのは、俺には何も出来ないということだ。2人がどんな考え を持っていようとも、俺にはどうすることもできない。互いに互いを利用しようと思っていたとしても、俺の立場は変わら ない。俺がいくら疑心暗鬼に陥ったところで、この2人には関係のない話だ。 やめよう。考えるのは、もうよそう。 こうやって疑心暗鬼に陥って、やる気になった生徒が果たしていくらいようか。 俺は、その一人には……なりたくない。 「…………?!」 そこまで考えていたときだった。 俺が立ち上がる。その時には、既に優治も辺見も、異変に気付いていた。 近くで、誰かが笑い声を上げているのが、明白に聴こえた。 「行こう」 優治が飛び出す。辺見が飛び出す。俺も少し遅れて飛び出した。 一瞬だけ躊躇してしまったのは、なにか、こう……。 嫌な予感が、したせいだ。 【残り10人】 PREV / TOP / NEXT |