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 どうしよう……どうしよう……どうしよう……!!


 出発地点である中学校を出発して、ただただ永野優治(男子22番)は走り続けた。
突然巻き込まれてしまったプログラムという悪夢。どうすればいいのか、どうやって対処すればいいのか、そして……
どうすれば生き残ることが出来るのかさえも理解できず。ただただ、優治は走り続けた。

 僕は……どうすればいい?

まだ、あの出発したときは、本当にただ怖くて、クラスメイト全員が敵な気がして。
出発したのは中位か、あるいはそれより少し後。最初に湾条恵美(女子34番)が出発してから既に100分が経過し
ている。特に変な物音が外から聴こえていたということはないが、それでも、きっと何かが起きている。何故か、優治
はそう感じた。

 そして、それは実現する。

玄関先に転がっていた、坂本理沙(女子7番)の死体。斧で頭を真っ二つにかち割られていた。酷く残虐で、そして、
汚かった。
それを見た瞬間、あまりの衝撃に思わず腰がくだけた。だが、優治は再び立ち上がった。

 逃げなければ。
 逃げなければ、殺されてしまう。

誰にだかはわからない。だが、とにかくその場から離れなくては、すぐにまた誰かが自分を襲いに来ると、そう思って
しまった。そう、死んでしまうとしたら次は自分の番かもしれないのだ。教室で見たじゃないか、担任の中村の成れの
果てを。そして、今度はそれに対して道澤に突っかかって拳銃で撃たれた坂本理沙が殺されている。次が自分では
ないという根拠は何処にも転がってはいないのだ。


 そう……自分の身は、自分で守らなければならないのだ。
 誰に守られるわけでもなく、自分で守らなければならないものなのだと。



 走る。ひたすら走る。
 やがて、辿り着いたのは海。そこから先は、ただ漆黒の闇が漂うのみ。

 無理だ。逃げることなんか出来ないのだ。
 自分は、この深く、そして濃い闇に呑み込まれて、そして死んでしまうのだ。

 そう考えると急に恐ろしくなって、思わずデイパックを開けた。
懐中電灯なんかいらない。空の微かな輝きでそんなものはわかる。そして、『これ』が武器なのだとわかった瞬間に、
優治はその場にひっくり返った。


 ……何が、合金ばさみ、だ。


全てが、上手くいかない。
いつもそうだった。フェンシングだって、最近はなんだか調子が悪くて、顧問の注意に応えることが出来なくて、いつも
怒られていた。勉強だってそうだ。一応文武両道を目指して頑張っているのに、それに比例して成績は上昇しない。
緩やかに、みんなと同じようなスピードでのびていくだけなのだ。
……唐津洋介(男子8番)や、粕谷 司(男子7番)が、とても羨ましかった。運動も出来て、勉強も出来て、それでも
まだ必死に頑張っていて。あいつらには、勝てる気がしない。
同時に、粕谷と仲がいい秋吉快斗(男子1番)や奈木和之(男子23番)、そして砂田利哉(男子14番)も。本当に、
あいつらは羨ましい。みんな天真爛漫で、元気で、無邪気で、でも、なんだかとても頼もしくて。


 だから、イラついた。
 どうして、自分は駄目なんだろうかと、酷くイラついた。


みんな、どうせ消えてしまうのだ。
これはプログラム。最後の一人になるまで、決して終わることはない。


 ……そう、誰かが、終わらせなくちゃならないんだ。
 無謀でもいい。……俺、が。やっても、いいんだ。



「……俺、が。やるんだ」



 そして、優治は、立ち上がった。
 いつの間に寝てしまっていたのだろう。辺りは、すっかり明るくなっている。

 殺す。
 そう決めて、優治が向かった先。


 それは……港の、土産屋。







「へぇ……まさかあの永野君が、ねぇ。クラスメイトを殺すつもりだったんだ」

「ふん、結局思わぬところで親友に遭遇して、すっかりその気は消えたと思ってたんだけどな」

 辻は、俺のその言葉に動揺したのだろう。一瞬だけ、間合が途切れたのがわかった。
 そこで動けなかったのは、少しイタイかもしれない。

「わざわざあの2人を逃がしてまでも、自身の殺人は見せたくなかったってわけ?」

「あまり見せるものでもないからな。……まぁ、峰村には一度見られたけれどね」

 その次の瞬間には、再び辻の視線はすっかり獲物を見据える目へと置き換わっていた。
 なかなかたいしたものだ。

「じゃあ、もしかしたらその……さっきからしてる、ぶっきらぼうな口調も素……なんだね」

「どうだかな。正直、俺自身もよくわかってない。最初のほうまでは僕だったんだけど、途中からすり替わっていたよ。
 まぁ……別にいつもの口調でもいいんだぜ?」

「やぁね。あんたの可愛い顔には似合わないわよ、その口調。ふふふ……」


 嘲笑と共に、唐突に辻は飛び出した。
 鋭い突きが繰り出される。明らかに、フェンシングを意識したその構え。


  ふん、面白い。


 裏から切っ先をはじき、カウンターを仕掛けた。
 普段ならここで刀を握る右手を狙うが、そんなものはこの状況では通用しない。




  狙うは、『喉元』のみ。





「はぁ!!」



 だが、普段から狙わない場所は、そう簡単には当たらなかった。
 辻も馬鹿じゃない。咄嗟の判断で首を傾けて、皮一枚で済ませたのだ。


 そして、再び対峙。


 辻が、首に出来た一筋の紅を右手で撫でる。うっすらと、その手に滲む紅の血。


「……なるほどね」


 辻が、笑う。
 俺も、笑う。



「貴方と出会えて、本当に嬉しいわ」





 そして、再び、辻は飛び出してきた。





  【残り10人】





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