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 斬り落とされた右腕。
 そいつは、持ち主である朝見由美(女子1番)のもとから、大分離れたところにあった。


  不思議な、感触だった。


 右腕を斬り落とされたおかげで、永野優治(男子22番)は朝見のレイピアを手に入れることが出来た。そして、それ
を駆使して、現在辻 正美(女子11番)と交戦中だ。普段からこういった武器を使った喧嘩は見慣れてはいなかった
が、それでも今の朝見には、これがかなりレベルの高い戦闘であることが理解できた。


  強い。


 レイピア対日本刀。種目で言うなればフェンシング対剣道、か。そういえば、前にもこんなことを見た覚えがある。な
にかの民法でやっていた、雑学番組だ。フェンシングと剣道はどちらが強いのか、だったかな。異種格闘技のような
雰囲気で試合は始まって、あっという間にフェンシングが勝ったのだった。
当時は見ていてくだらないなぁと思っていたのだが、今は違う。希望の目で、うちは永野を見ていた。

 ……そう、剣道とフェンシングでは、フェンシングが勝ったのだ。
 つまり、レイピアで戦っている永野と、日本刀で戦っている辻とでは、まず勝敗がわかる。

 だが……あくまでそれはルールに則った場合だ。


 今はただ、互いに互いを殺すことを目的に戦っている。面だ、小手だ、突きだ、そんなのは関係ないのだ。だからさ
っきだって、永野は一気に勝負をつけようと辻の喉元を狙ったではないか。辻だってそうだ。明らかに普段の剣道の
スタイルとは違う、突きと薙ぎ払いという実戦向けの方法をとっている。
そう……よくわからないけど、つまりはそういうことだ。どちらが勝っても、どちらが負けても、うちの右腕は元には戻ら
ないし、うちが生き残ることは出来ないし、そして……。


「たぁっ!」

 辻の気合声が入ると同時に、大きく大きく右足を踏み込んだ。それまでとは違う動きだった。
 慌てて永野は体を引く。その一撃はなんとか免れたが、その顔は汗だくだった。

「……なるほどねぇ」

 永野が、そう呟く。

 今の攻撃の最大の目的は、武器だった。いや、正確に言えば武器を持つ右手だろう。辻は、明らかに突き中心の
その動きを不利ととったのか、その根源である右手をまずはもぎ取ってしまおうという作戦に出たのだった。うちは武
道はあまり好きじゃないけれど、まぁ一応武道の授業は護身用にと真面目に受けていたのだ。これくらいはわかる。
簡単に言えば、辻の技は『小手』だ。
永野はそれをどう思うのだろう。フェンシングは武道でやらなかったし、たまにニュースかなんかで試合を見る程度だ
から、どうすればいいのかなんてわからない。

 その時、辻が動いた。
 今度は、あからさまに腕を狙いに行く動き。これ以上後ろに引かせないような速さで、一気に畳み掛けにきたのだ。


 だが。

 永野はそれをあざ笑うかのように軽やかなステップで避けた。欧州の貴族のような、優雅な動き。そして、右手にあ
った武器は、いつのまにか左手へとうつっていた。それを辻が見て、勢いを止めようとする。だが、急にその動きを止
めようとして、かえってその派バランスを崩してしまう。永野はそんな辻の右側、つまり、辻が日本刀を握る利き腕側
を、完全に捕らえたのだ。

「……はぁ!」

 そして、一気に突く。
 それは鋭い一閃。それは瞬く輝き。

「……?!」

 辻が、右手を見る。
 そこには……レイピアの切っ先が、間の手を突き抜けて存在していた。

 次の瞬間、辻が握っていた右手を放す。鋭い痛みが襲い掛かってきたのだろう。日本刀を支えていた左手がだらり
と垂れ下がる。突き抜けた右手からは、真っ赤な血が、滴り落ちる。

「くっ……」

「辻、お前の負けだ。利き腕を失って、もう駄目だろう?」

 永野が、さらに手に力を込める。ぐぐぐ……とレイピアが奥に食い込み、傷口が開いていく。辻が、呻いた。
 朝見は、やはりフェンシングの方が強いのだと安心して、永野の名を呼ぼうとした。

 だが。


「ふふ……残念ね、永野君。もう少し楽しめそうだったのに」

「ぁあ?」

 辻はそう言うと、笑みを浮かべた。
 そして……左手で日本刀を持ち上げると、その左手で右手に刺さっているレイピアを掴んだのだった。

「な、お前……何を?」

 永野がレイピアを引き抜こうとする。だが、左手で掴まれている上に、右手を貫通しているそれは、なかなか引き抜
くことは容易ではなかった。
 そして、引き抜くという行為に完全に捉われていた永野に対して、辻は瞬時に左手を振りかざした。


「永野君!!」


 うちが危険を知らせようと叫んだとき。


 全ては……遅かった。


 左手で易々と持ち上げられた日本刀は、抵抗がなくなりレイピアを辻の右手から引き抜いた永野の体を、易々と斬
り裂いた。右肩から、左の腰にかけて、バッサリと。


「がはっ……」


 永野がよろける。その瞬間を、辻は逃さない。
 首の傷のおかえしとばかりに、構えを突きの形にして、そして……。


  ドプシュ。


 目の前で、華が散った。紅く、そして妖美に。
 首元に突きたてられた日本刀の先から、永野の生命が、盛大に噴出していく。

 やがて、永野はひざまずき、そして、崩れ落ちた。


  そんな……そんなそんなそんな!

  あと少しで……あと少しで、この悪魔をやっつけることができたのに!!



「残念ね、永野君。刀は右手じゃなくて、左手で持つものなのよ」

 物言わぬ死体となった永野に対して、辻はしゃがみ込んでそう囁く。それが……その行為が、酷く不気味で。
 そして……今度は辻は、うちに向かって刀を構えた。

「観戦してくれてありがと。どう? 楽しかった?」

「悪魔め……」

「……は?」


「あんたは悪魔だ!! このクソ野郎め!!」


 本当に殺されるとわかった瞬間。怖いものなんか、もうなかった。
 だから、全てをぶちまけた。早く、殺してくれと願った。もう、嫌だった。楽に、なりたかった。


 右腕が痛い。肺が痛い。

 心が、痛い。


「……そうね、悪魔ね。私はもう、悪魔なのね」


 辻が、ゆっくりとこちらへと向かってくる。
 辻が、ゆっくりと日本刀を持ち上げる。

 そして……振り下ろす。







 ……やがて、朝見由美の体は動かなくなる。



 左腕が斬り落とされ、右足が斬り落とされ、そして左足が斬り落とされ。

 最期に……首が、斬り落とされ。



 だが、その残虐な行為にも拘らず、その瞳は、怒りが込められていて。


「朝見さん。あなた、私嫌いだわ」

 辻は、そのバラバラ死体に向けて呟く。
 その体は、既に血だらけで、そうでない場所さえ見つからずに。


「あなた……本当に、私が嫌いなんだもの」



 そして、辻は、森へと、向かった。







 あとに残された2つの死体は、既に身元がわからないほどに、ズタズタにされていた。







  男子22番  永野 優治
  女子1番   朝見 由美   死亡



  【残り8人】





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