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「長谷……か。あいつは……」


 峰村君が、私の眼を見る。
 その瞳に込められたのは、同意を求める心。私は、迷わずに頷いた。


「……だよな。さてと、どうやって仕留めればいいもんかね。あいつ、なんか物騒な武器持ってるぞ」


 長谷美奈子。
その不良生徒っぷりの凄まじいことは、今更語るまでもないだろう。間違いなくこのゲームに乗ると断言できるくらい
の生徒その2だ。ちなみにその1は、これも言う必要はないだろうが望月道弘(男子32番)である。彼は、誰に殺され
たのかはわからないが、案外あっさりと名前を呼ばれていた記憶がある。
その長谷は、どうやら一人身のようだった。魔の六時間の放送後、朝見由美(女子1番)がまだ生き残っていると知っ
たときはてっきり彼女と一緒に行動しているのかと思ったが、彼女もまた一人で辻 正美(女子11番)と対決し、そし
て敗れたのを知っている。つまり、朝見も長谷も共に単独行動をしていたのだ。
長谷の手元には、なにやら本当に物騒なものが握られていた。私の記憶が間違いでないのなら、あれはいわゆるマ
シンガンといった代物に違いない。そういえば、この島では頻繁にマシンガンの銃声がぱらぱらと鳴り響いていたよう
な気がする。つまり、あれは全て長谷の行為だったのだ。
つまり、長谷は危険度特A級の大物だ。倒そうと思っても、そう簡単には倒せないだろう。


 だけど、ここで逃げるわけにはいかない。
 私には、やらなければならない使命があるのだから。


「私が銃で撃ち殺す。近くに行ったら、確実にあれにやられるでしょ」

「……でも辺見。お前、銃の命中度高いか?」

……よく考えてみれば、この銃を使いこなしたことなんか一度もなかった。私は2人クラスメイトを殺害しているけれ
ど、どちらも支給武器のサバイバルナイフで仕留めている。正直、自信はない。

「確かに……ここからだと暗くてよく見えないし、命中度も決して高くないよね」

その答えはわかっていたのだろうか。彼はにんまりと笑っていた。だが、それはいつもの彼ではない。彼は、こんな陰
湿な笑い顔は普段決して作らないからだ。
彼は、少し考える仕草をして、こう言ったのだった。

「じゃあさ、背後からなら撃てるか?」

「……背中から?」

「そう、背中。俺があいつの気を逸らす。もしもあいつが俺の姿を確認した瞬間攻撃を始めようものなら、もう誰も止め
 ない。一気に背後から仕留めてやってくれ。まさかあいつもこっちが二人組とは思わないだろ」

「それは……名案だとは思うけど」

「……何か不満か?」

まるで命の重さを感じさせないような、恐ろしい話だ。
だが、彼はそれをまるで狩りのように楽しんでいるのではないかと誤解してしまうほどの様子だった。だからこそ、私
は怖かった。彼自身が、彼自身の感情を押し殺しているのが、明らかだったから。

「峰村君。貴方は、どうなるの? 長谷の攻撃、上手く避けられる自信があるの?」

「……俺のことはどうだっていいんだ。長谷が倒せるなら、それで」

急に、彼の顔つきが真剣なものとなる。低い声で、柄にもなく。

「……貴方は永野君じゃない。永野君のあとを追わなくたって、いいの」

「は……?」

「自己犠牲なんて恰好悪いよ。無責任だよ。みんなで生き残れてこそ幸せなんじゃないの? ……別にその案に反
 対はしない。だけど、これだけは約束して。絶対に、大丈夫だって」

私は、怖かった。これ以上、大切な人が消えてしまうのが、怖かった。
誰にも死んでほしくなんかない。その為に、腐ったミカンを取る為に、誰かに犠牲になんかなってほしくない。

「……当たり前だろ。やれるだけやってみる。俺を信じてみろよ」

その思いが伝わったのかどうかはわからない。だが、彼は笑ってくれた。それは、私を安心させる為の作り笑いだっ
たのかもしれない。だけど、それに騙された私もいた。

 さぁ、行け。
そう言われると同時に、私は家の壁伝いに飛び出した。ホテルで借りた従業員の制服。夜目にはなかなか目立たな
い色になっていて、非常に便利だった。少し離れた場所には長谷がいる。距離にして約5m、遮蔽物は一切ない。こ
ちら側には向かいの家の壁がある。反対側の家には、峰村もいる。完全に、挟み込んだ。


 そして、その時が来た。


「よぉ、長谷じゃないか」

 峰村君が、長谷の前に歩み出た。距離は目測同じく5mくらい。その顔は暗くてよく見えなかったけれど、きっと同じ
ように作り笑いだったのだろう。それを長谷はどう思ったのだろうか。いや、あるいは既にどうとも思えないような精神
になっているのか。

 とにかく、その瞬間、戦いは始まっていたのだった。

突然、峰村君が元いた壁際へと跳んでいた。直後、その部分だけが明るくなる。それがマシンガンからのノズルフラ
ッシュだとわかるには、少しだけ時間を要した。
遅れて、ぱぱぱぱと連続した銃声が辺りに響き渡る。間違いない、戦闘意思は充分に伝わりました。そういうわけ
で、貴女を殺します。私は撃鉄を上げっぱなしにしているCz75を、呑気に背中を向けている長谷へと向ける。震えて
いる手をぐっと握り締めて、一気に引き金を絞った。


 バァァンッ!!


重たい音が鳴り響く。そして、確実に長谷は体制を崩した。当たった証拠だ。
だけど、どうやら仕留めるまでには、至らなかったらしい。


 ―― やばい。


その刹那、長谷がこちらを振り向いた。その眼は完全に狂気に犯されていた。
まるで覗き込まれるかのような鋭い眼光に気を取られ、私は退避行動を忘れてしまっていた。


 ぱぱぱぱぱ。


「あぁぁぁっっ!!」

私は叫んだ。耐え難い激痛が、全身を巡りまわっていた。
なにもかもが引き裂かれるような感覚。あちこちがバラバラに崩されるような痛み。
半ば転がり込むように、私は遅れながらも壁へと姿を消した。最後に見た光景は、長谷が私を撃ち殺そうとしていると
きに、うしろから峰村君が飛びついているものだった。




 ……意識が朦朧とする。

 …………全身から血が、生命が溢れ出ていくのが、わかる。


 ………………。




「おい……おい! 彩!! 聴こえるなら返事してくれ!!」


 うっすらと、目を開ける。
 そこには、いる筈のない男子生徒が、いた。


 嘘、でしょ……?

 貴方は、今まで何処で何をしていたの……?


「な……んで…………?」

「彩……よかった、まだ生きてる。どうした……誰にやられた?!」


 薄れ逝く意識の中で、私は震える指を持ち上げて、壁の向こう側を指差した。
 まだ銃声は聴こえている。長谷と峰村君が、まだ戦っている。


「はせ、さん……だよ」

「ハセ? ……長谷か! 待ってろ、すぐ片を付けるから!」

「気を、つけて……あいつ、マシンガン……持って……」



「……安心して。僕は死なないから」



 それだけ言い残して、その男子生徒は、一目散に駆け出した。
 何故だろう、なんだかとても、彼が頼もしく見えた。彼は……恐ろしい人なのに。





 彼……粕谷 司(男子7番)は、私達にとって、消さなければならない存在……なのに。






  【残り7人】





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