E=4、街路。 峰村厚志(男子31番)は、全神経を集中させていた。 辺りはすっかり夜だ。手首のデジタル表示の時計を見る。そこには、『20:38』と光が発せられていた。 「暗いな……」 行動を開始したときは既に夕暮れだったのだから、今はとっぷりと闇に浸かっている状態だ。満天の星空。これが プログラムなんかじゃなければ、最高のデートスポットになったのだろうに。 これでも一応東京都なんだよな。ただ、南にある孤島ってだけで。都心の汚れた空気じゃ、こんな情景は拝めなかっ ただろう。だからこそ、歯痒い。 あれから、必死に探した。だけど、行動開始が遅すぎた。あの戦いを最後まで見ていて、そして辻 正美(女子11 番)のあとを追っていたならば。あの時もしも永野優治(男子22番)の言葉を守らずに、2人で辻に襲い掛かっていた のならば。あるいは、今の自分達はなかったのかもしれない。 ただ、一ついえること。それは即ち、現在の自分達が間違いなく在るということだ。 すぐうしろでは、Cz75を両手で構えた辺見 彩(女子20番)が歩いている。その眼は直視できないほどの鋭さを保 っていた、かと思えば、時折ふっと驚くまでに和らぐのだから謎である。情緒不安定……とまではいかないのだろうけ れど、彼女の憎悪は計り知れない。 今まで、彼女がどのような経緯を辿ってきたのかも聞いた。俺なんかよりも、断然凄まじいものだった。何度彼女は命 の危機に晒されてきたのだろう。そして、それを乗り越えるたびに、何度彼女は毅くなっていったのだろう。挙句の果 ての結果を考えてしまえれば、どんな複雑な感情が彼女の中で捏ね繰り返っているかなんか、とてもじゃないが想 像出来ない。 彼女に比べて自分はどうなんだ。最初は一人だったにせよ、その時に起きた出来事といえば親友に裏切られて殺さ れそうになったこと、クラスメイトの死体を見つけたことだけだ。優治と遭遇してからは、襲撃者を殺害した、くらいしか ない。あとは逃げてばかりだ。いつも優治を頼っていて、そしてなんだかんだいって優治を犠牲にしてしまった。 確かに、今この時点で生き残っている。それだけで、俺は凄い奴なのかもしれない。だが、そんなことは関係ない。 己の信念をきちんと筋を通して貫けたかどうかと尋ねられたら、間違いなくノーと答えるだろう。まだ、満足していな い。俺は死ぬわけにはいかない。この最低な殺し合いを止めなければならないのだ。本心から、こんな戦いは望んじ ゃいないのだ。それはきっと辺見だってそう考えているに違いないだろうし、恐らく気の逝っている奴以外なら、たとえ 殺人者であろうとも心からこんな殺し合いを望んでいるとは思えない。 だから、今からでも遅くはない。そういった仲間を集めなければならないんだ。既に誰かがそれをやっていたのかもし れない。あるいは誰かはこの島を脱出しようと考えたのかもしれない。それならそれでいい。だが、恐らくもうこの島で はそのような考えを持っている奴は全員死んでしまったのだろう。なら、自分達がそうなるべきなのだ。説得して、こ のくだらない戦いをやめさせなければならないんだ。 だから、殺すのだ。 辻をはじめ、このゲームを心から楽しんでいる奴全員を、抹殺しなければならないのだ。 腐ったミカンは箱から取り除かなければならないのだ。そして、全ての不安要素が消えて、はじめて仲間が結束しあ えるんだ。今からすぐに仲間を集めるなんて無謀だ。愚の骨頂だ。まずは、不適合者を殺す。それからはじめなけれ ば、本当の意味で、プログラムを脱出することなんか出来ないんだ。 「峰村君、ちょっとストップ」 考えをめぐらしていると、唐突に呼び止められた。辺見だ。 「……なんだよ」 「わかってて、歩いてるの?」 振り返ると、そこにはマジ顔の辺見が俺の顔を覗きこんでいた。やばい、なにか大変なことを忘れていたらしい。慌て て、ポケットから地図を取り出す。そして、辺りに浮かび上がっている建物と地図を見比べる。 「ここは……E=4でいいんだよな」 「そうだけど、これ以上南下すると、禁止エリアなんだよ」 言われて、はじめて気がついた。このあたりは意外と禁止エリアが密集している地帯なのだ。少しでも歩き方を誤れ ば、笑えない事態になることくらいもうわかっている。ここまで生き残っておきながら禁止エリアで死亡だなんて、呆気 ないしつまらない。危ないところだった。 「すまん、ちょっと考え事してた」 「……しっかりしてよね。ほら、ここ。2軒の家があるでしょ。丁度エリアの真ん中辺りね。それで、あっちに見えるの が、出発地点の中学校」 辺見が指差すその方向。わずか数100m程の地点に、懐かしい建物が見えた。 そうだった。全てはあそこから始まったんだ。そして……そろそろ2日目も終わろうとしている。この緊迫した状況を2 日も満喫しているのかと思うと、苦笑するしかない。 「じゃ、左に向かえば自治会館が見えてくるってわけだ。とりあえずそこまで行ってみるか」 「……そうね、とりあえずは、そうするしかないよね」 意見が一致した。 だから、方向転換して、東へと向かおうと思った。 だけど……そこで、向こうから誰かがやってくるのが見えた。 「…………?!」 俺が、辺見が、瞬時に家の壁に身を預ける。 そして、そっと、見た。 そこには、長谷美奈子(女子18番)が、いた。 【残り7人】 PREV / TOP / NEXT |