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「これで……9人……」


 目の前でぐったりと横たわる峰村厚志の死体からは、とろとろと血が垂れ流れている。
 そして、そのすぐ傍らには、何故か唐津のマシンガンを使用していた長谷美奈子の死体があった。

 唐津洋介を殺害したのは、長谷美奈子。

 あまりにも意外な人物だった。こうもあっさりと倒してしまうと、どうしてこんな奴に唐津が負けなければならなかった
のか、不思議でしょうがない。唐津が、本気で戦わなかったのかと疑ってしまうほどだ。
……だが、それはないと司は思った。唐津は嫌な奴だ。だけど、いつも全力で自分と戦ってくれていた。今回だって
そうだ。決して手を抜く筈がない。なら、どうして唐津は負けてしまったのか。考えても仕方のないことだとはわかって
いたけれど、気になってしょうがない。

 とにかく、だ。
 僕はこの時点で9人殺した。唐津の8人を上回ったんだ。

「はは……なんだろな…………」

 だが、何故か、無性に悲しい。
結局唐津に勝って、何がしたかったのだろう、僕は。普段から、あんなにも懸命に努力して、絶対に唐津を負かして
やると意気込んでいたのに、現実にそうなった今、達成感は何もない。僕は何がしたかったんだろうか。悔しがる唐
津を見たかったのだろうか。いや、そんなバカな。唐津は決して悔しがらない。きっと、いつもの冷徹な顔でふん、と鼻
で笑い、今度は僕をこてんぱんに打ち負かそうとするのだろう。そう、あいつにとっては、勝敗なんかどうでもいいんじ
ゃないか、そう思えてきた。ただ、僕と競い合うことだけを楽しんでいただけのように気もしてきた。

 クラスメイトを殺した数で競い合う。

こんな簡単で末恐ろしい戦いは、こうして呆気なく僕の勝ちで終わってしまった。……本当に、僕の勝ちなんだろうか
はわからない。もしかしたら長谷と本気でやりあったら、僕も殺されていたのかもしれない。一番僕が望んでいたのは
……最後には僕と唐津だけが生き残って、そして……最期の決着をつける、そういう展開だったのに。


 ―― 本当は、誰も殺したくなかったんじゃないの?


湾条恵美(女子34番)の言葉が脳裏を過ぎる。はは……まさしくそうなのかもしれない。プログラムという状況下で、
最も手っ取り早く考え付けたのがこの種目なだけだ。あるいは、その場に相応しいといった種目……とでも呼んだほ
うがいいのだろうか。
きっと別の方法で……わざわざキルスコアの競い合いなどをせずに、直接唐津と殺し合いをしていたのなら。それで
僕が生き残ったとき、僕はその後何をしたんだろうか。競い合いという名目がなかったのなら、きっと誰も殺さなかっ
たに違いない。そんなことをして生き残るメリットが感じられないからだ。僕の命は長くてもあと3ヶ月。今死んでしまう
か、それとも少し先に延びるかの違いだ。そう……言うなれば、僕はこのクラスの中で唯一死亡率が100%だった存
在。生存確率は0%だったわけだ。
なのに……なんで僕はこんなに頑張ってしまったんだろう。こんなに頑張って、クラスメイトを消していったのだろう。自
分で勝手に決めて、勝手に殺して……唐津まで巻き込んだ。はっとした。

 もしも……唐津も、本当はやる気じゃなかったとしたら。

そう考えると、ぞっとする。唐津も、僕が誘ったからクラスメイトを消していった。もともとやる気ではなかったというのな
ら、僕が誘わなければ誰も殺さなかった。つまり……このゲームによる犠牲者は、僕が殺したようなものなのだ。
はは……全部憶測だ。全ては推測論なんだ。勘だよ、勘。当てになりもしない。そんなこと……あってたまるものか。

 ……なら、ここまで生き延びてしまった僕は、一体何をすればいい?
 秋吉と湾条が合流するのを見届けて、今更スコアに関係ないのに殺すのか?

 そんなこと……出来るわけないじゃないか。
 競い合いという枷がないのなら、僕はただの一生徒だ。誰を殺す必要もない。生き残る必要もない。
 そう、出来るとしたら……誰かを生かす。それだけだ。


 とろとろと流れ出る血筋を身ながら、僕はそんなことを考えていた。
 そして、はっと気付いて、急いで先程の家の壁へと走る。そこには、まだ辺見彩がいた。

「彩……まだ、生きているのかい?」


 もしも、誰かを一人だけ、生かすのだとしたら。
 迷わずに僕は、幼馴染で、僕の大切な人である、彩を選ぶだろう。

 だって、彼女は……この枷の中でも、唯一『生かした』人間なのだから。


 彼女からも、とろとろと血が流れ出ている。
 彼女の肩を揺さぶる。手のひらにべっとりと血がついたけれど、そんなことは気にしない。


「彩……ねぇ、彩…………」


 何故か、彼女は制服を着ていなかった。闇に溶けるような濃い緑色。ゆったりとしたロングのフレアスカートが、地面
に彼女自身の血で張り付いている。それが、まるで魂のない人形のようで、幻想的で、妖美だった。


 彼女の眼は、開かない。


「ねぇ……起きてよ、彩……」

 もう、わかっていたんだ。最初に銃声が聴こえて、すぐに駆けつけたら、酷い怪我を負った彩がいて。その傷を見た
瞬間、致命傷だとわかった。もう……どんなに急いだって、彼女を生かすことは出来ないと、わかっていた。
だけど、彼女は自分のことを別に置いて、長谷を倒してほしいと言った。峰村を救って欲しいと言った。僕は、その言
葉を守ろうとして、長谷を殺し、そして……峰村を楽にした。そうしている間に、ゆっくりと、彼女は。


「そっか……彩も、いっちゃったんだね……」


 彼女の手をそっと握る。その手は、冷たかった。
 温もりなんか、微塵も感じられなかった。

「一人でいっちゃったんだね……ごめんね、寂しかったよね……」

 彼女の瞳は、そっと閉じられていた。苦痛の表情が顔に浮かんでいた。
 だけど……何か、大切なことを成し遂げられた、何故か、そう感じた。

「苦しかったよね……でも、もう大丈夫だから……もう、何も苦しまなくていいんだからね……」

 目の前が、ぼやける。顔が、熱くなる。
 やがて、頬を涙が伝い、そのまま握る手にぽとりと落ちた。

「ごめんね、本当は守らなきゃならなかったのに……守ってあげられなくて、本当にごめんね……」

 返事は、来ない。
 それでも僕は、彼女の手を、剛く……毅く……握った。

「彩……彩……本当に、ごめんね……」

 苦しい。何もかもが、締め付けられる。
 誰にも助けてもらえない。誰にも救ってもらえない。




「ごめんね……本当に、ごめんね……」






 無情にも……空には満点の星空が、輝いていた。






  女子20番 辺見 彩  死亡




  【残り4人】





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