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 一瞬、厚志は何が起きたのか、信じられなかった。
 ただひとつだけ理解できること……それは、長谷美奈子が、死んだということだった。


  ―― 粕谷……?


 その直前に、長谷の背後に現れたのは粕谷 司(男子7番)だった。
 彼は、なんの躊躇もなく、長谷に対してマシンガンを掃射したのだった。それも、一度ではない。何度も、何度も。
 やがて長谷も地面に突っ伏して、ぴくりとも動かない。おびただしい量の血液。凄まじい臭気。

 今、自身に起こっている状況もたいした違いはない。全身はぼろぼろだし、体中穴だらけだ。ただひとつ違うこととい
えば、最早生きているか死んでいるかの違い……くらいなものか。


 何故か、精神は安定していた。


先程までの長谷に対して抱いていた殺意は一体何処へ行ってしまったのだろうか。長谷が目の前でこうもあっさりと
殺されてしまい、その圧倒的な力量差を見せ付けた粕谷。そんな彼に対して、もう己の願いは叶えられないのだと悟
ってしまったからだろうか、何故か、冷静な判断力を保っている自分がいた。

 粕谷。そう呼ぼうとして、ひゅうひゅうという音しか出ないことに気がつく。最早喋ることさえできないのか、俺は。な
んとも人間の体は壊れやすいものだと、そう感じた。だが、視線を合わせることくらいは出来る。体中がじくじくと痛ん
でいたが、粕谷に対して体で応答することも出来る。

「……長谷が、彩と厚志を襲っていたんだよね」

厚志は頷いた。本当に、微かだが、首を縦に動かして、瞬きをした。
粕谷も頷く。そっか……と小声で言うのが聴こえた。どうやら耳はまだまだ健全らしい。

 ……それにしても、意外だった。
 あの粕谷が、このゲームでやる気になっているなんて、考えられなかった。

 いつもの粕谷は、誰に対しても優しかった。勉強も出来て、運動神経も良くて、だけど唐津洋介(男子8番)にはい
つも敵わなくて、必死になって追い抜こうとして頑張っているその姿は、健気だった。

 いつだって粕谷は、気軽に話しかけられるような存在だった。唯一、唐津よりも優れている点、それが、彼の人望の
良さだった。困ったことがあれば、粕谷なら解決策を導いてくれる。粕谷がいれば、クラスの雰囲気がぱっと明るくな
る。粕谷がいれば、授業だって爽やかになるし、粕谷がいれば、毎日の学校生活が楽しくなる。それだけ、粕谷司と
いう生徒の存在は、このクラスにとって大きかったのだ。
だからこそ、どうしてこれほどまでに優しくて、人望も厚い粕谷が、クラスメイトをこうもあっさりと殺してしまえるのかが
わからなかった。見たらわかるのだ。今の粕谷は、決して俺たちを助けようとして長谷を殺したんじゃなく、ただ誰であ
ろうとも、殺すということを最大の目的に行動しているのだと。だから、きっと長谷だけじゃない。他の……恐らく全く戦
闘意思がない奴に対しても、粕谷は今と同じような行動を取っていたのだろう。
しかし、何故粕谷はゲームに乗ったんだ? 単純に生き残りたいからか? それともあるいは怨恨か? 余程のスト
レスが溜まっていたのか?

 ただ、生とか死とかを考えなくても、純粋に、知りたかった。
 この一見純粋な少年の心の奥底に、どのような闇が潜んでいるのかが、知りたかった。

「……かっ、す………」

 言葉が途切れ途切れにしか出ない。体が、急速に冷えていく。
 駄目だ、まだ俺はこいつの言葉を聞いていない。せめて、もう少しだけ時間を……。


「厚志、苦しいんだね」


 眼を見開いた。
 そこには、粕谷がいた。だが、それはいつもの粕谷ではなかった。


  ―― お前は、誰だ。


 虚ろな、眼。曇った、瞳。何も読み取ることの出来ない、意思。
 粕谷ではない。まるで何者かの意思によって、突き動かされている操り人形のような。


「……苦しいんだよね」


 優しい眼をしていた。慈悲のこもった声だった。
 ……だけど、それはいつもの粕谷ではなかった。


  ―― あぁ、なんだ……そういうことだったのか。


 こいつは、粕谷なんだ。いつもの粕谷ではなく、もう一人の粕谷……といっても、別に二重人格というわけでもなく、
本性というわけでもない。ただ、どちらかといえば苦しんでいる粕谷の姿だ。止められるならば、停止ボタンを押してし
まいたい感情。だが、自らの意思によって押すのを躊躇ってしまう葛藤。
本当は、粕谷はこんなことはしたくないんだ。だけど、過去の自分に捉われすぎて、未来を拘束されてしまった、操り
人形なんだ。生真面目すぎて、辛いんだ。


  ―― 苦しいのは……粕谷、お前じゃないか。


 なんだか、悲しかった。
 どうすればいいのか、わからなかった。どう伝えれば、こいつを説得できるのかがわからない。

 ……あぁ、そうだったね。もう俺は声も出せない体だったね。


 ……あぁ、なんだか寒い。体が、震えてきた。



「楽に、してあげるよ」



 …………おぉ、そうか、粕谷。ありがとう。もう、俺は疲れたわ……。

 なにもかも、なにもかもな。



 ごめんな、辺見。
 結局、守ってやれなかったな。堪忍な。

 すまんな、優治。
 結局、助けてやれなかったな。勘弁な。

 尚貴も……悪かった。
 つまり俺は、誰も守れなかったってことになるんだな。


 粕谷。

 ……自分自身に、負けるんじゃ……ねぇぞ。







  ぱらららら。







 体が、引き裂かれる。
 心が、孤高へと吹き飛ばされる。


 そして……峰村厚志は。

 死んだ。





  男子31番 峰村 厚志  死亡




  【残り5人】





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