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「日本刀……?」

「そう、あなたと同じ日本刀よ。あぁ、本当に嬉しいわ……」

 頬を赤らめて、辻はうっとりと自身の刀を見つめていた。一体その刀にどんな惚れ薬が混ざっているのだろうか。自
分の刀を見つめながら、何故かそんな冗談を思いつく。結構落ち着いている自分にも驚きだ。

「そんなに一緒の武器なのが嬉しいのか? だとしたら残念だけど、種類が違う。それは村正ってやつで」

「いいのいいの、そんな御託はどうでも。そうだよね、秋吉君は居合道をやっているんだものね。刀についての知識は
 このクラスではあなた以上の人はいない、そう思うわ」

「……そりゃどうも」

「大事なのは、私があなたと死合をしたいと思っていることなのよ」

「……試合? 真剣で?」

 そんなバカな。真剣で試合をするだって? 悪いけれど俺はお前みたいに毎日剣道で鍛えていたりはしない。居合
道の意味、知ってますか? いかに綺麗に斬るか、とかそういうもので、別に人を斬る為にやっているわけではない
んですよ、辻さん。
当然こんな危ない代物同士で試合なんてしたら、大怪我しますよ。下手したら死んじゃいますよ。……あぁ、そういえ
ばこのゲームのルールは殺し合いだったね。

「そう、真剣勝負。あなたと戦うのが夢だった……」

「そんな、夢だなんて……」

「本当よ。あたしね、一度でいいから人を斬ってみたいって……そう思っていたの。それがこのプログラムで実現した
 わ。もう何人斬り殺したか……いちいち覚えてないけれど、そうね、満足はしてないの」

「満足……だと?」

「そう、満足。つまらなかったわ、ただ一方的に斬るだけなんだもの。みんな怖がって逃げようとした。あるいは腰が抜
 けて立てなかった子もいたわね。そんなのを斬り殺しても、つまらないじゃない。あぁ、そうそう。永野君はとても楽し
 かったわ。彼、フェンシングやっていたでしょ? 丁度朝見さんがレイピアを持っていたからね、それで異種間試合
 やっちゃった。あれは楽しかったなぁ……」

永野? 朝見? レイピア???
確かに、朝見と遭遇したとき、あいつはレイピアを持っていた。だが、それを永野が使ったって事は、朝見はあの後永
野と合流したってことになる。そして……2人とも、こいつに斬り殺されたってわけか。

「随分好き勝手に振舞っているじゃないか。それだけやっておいて、何が不満だ?」

「うん、なにか求めていたものと違うのよ。ただ弱い者を斬り殺したって味気ない。異種間競技もそれなりに楽しめた
 けれど、なにか違うの。そして気付いた。私が何を求めていたのかをね。それが、真剣同士で斬り合う死合よ」

「……なるほど。それで、居合道をやっている俺と戦いたかったわけだ。しかも、都合よく真剣まで持っていてくれてい
 た。だから嬉しい……そういうわけなんだな」


「そこまで理解してくれたのなら話は早いわ」



 刹那。



 突如、辻が斬り込んできた。
 互いの距離は5mはあったはずなのに、その遠間から、一気に跳躍で踏み込んできたのだ。

「くっ……!」

 キィィン……と、真剣と真剣がこすれあう音が辺りに響き渡る。やべぇ、本当にこんな音がするんだな。
重たい一撃だった。それも唐突だったから、手が若干痺れている。手首が捻り返されそうな感覚があったが、なんと
か体勢を立て直す。そのまま鍔迫り合いとなった。
互いのつばとつばが重なり、近間からの攻撃を伺うこの状態。鍔迫り合いを制するものは、試合を制すという言葉が
あるように、非常に大事な場面だ。流石元剣道部、えーと……都大会準優勝だっけ。そんなことはどうでもいい。とに
かく駄目だ、こいつは場馴れしてやがる、畜生め。

「はぁっ!!」

だが、いくら辻といえども所詮は女子だ。力だけなら決して負けはしない。俺は手首を巧みに操って、一気に押し退け
てその場を離れた。まるで本当に剣道の試合みたいだ。これが真剣じゃなくてただの竹刀だったならば、どんなに気
が楽なんだろうか。
じり、じり、と間合を詰める辻。一足一刀の間まであと少しとなった。くそ、辺りが暗いのが気に食わない。地面が土
だというのも気に食わない。なによりも、圧倒的に剣道という種目で俺に不利なのが気に食わない。居合道とは全く
違うんだぞ、畜生め。

「てやぁぁっ!」

辻の甲高い声があたりに響き渡る。……面だ。それもかなり疾い。
抜き胴をかまそうかと思ったところで、大変なことに気がついた。駄目だ、これ別に面とか小手とか胴とか、そんな要
所を狙わなくてもいいんじゃないか。ただ、相手を斬り殺すのが目的なのだから、別に腕だろうが、胸を突き刺そう
が、なんでもありなわけだ。だから、要するに真剣を喰らってはいけないのだ。例えそれが何処であろうとも。

「うわっ!」

だから、攻め込まれたならば防御がまず第一。攻撃は最大の防御なり? そんなの知るか。どうせ攻撃にいったっ
て、こいつには応じ技で返されて殺されるのが落ちだ。俺にはそんな高等技術は持ち合わせちゃいない。
というわけで面を刀で受ける。頭上に刃が落ちてくる恐怖といったらとんでもなくやばい。ギリギリの線でなんとか抑
えることに成功したが、果たしていつまでこの体制が保てるか。

「ぐぅ…………」

登頂から再び鍔迫り合いの形へ。辻の顔は笑みでできていた。くそ、そんなに斬り合いが楽しいか。俺はまだ一撃も
加えてないじゃないか。

「待ってくれよ……」

そうだ、こんなのは不公平だ。それに、別に俺にはお前と戦わなければならない義理はないじゃないか。

「あら、何? この期に及んで戦いたくないって言うの?」

あぁ、その通りだとも。もともとお前を殺さなければならない理由だってない。
お前が今この時点で俺を殺そうとした以上、俺には正当防衛として斬り殺してもいいんだけれどな。

「戦いなら後にしてもらいたい……俺には、やらなきゃならないことがあるんだ……」

「あら、なにかし……ら!」

突然辻がつばを押し退けた。後ろ向きに勢いがついて、思わず転びそうになってしまうが、なんとか持ちこたえる。ど
うやら少しだけ話し合う気にはなってくれたらしい。ありがたいことだ。そのまま刀を持ちながら、再び対峙する。

「俺は、湾条恵美を探している。辻……見てないか?」

「湾条さん? さぁ、まだ斬ってはいないけど」

少しだけ安心する。だが、先程の銃撃戦に、こいつがいたとは思えない。最悪、恵美があの戦いに巻き込まれてしま
ったなら、生存も絶望的なのかもしれない。くそ……頼むから、生きていてくれ。

「なに? 出発の時に一緒に行動していたんじゃなかった?」

「いや……実は、はぐれちまって。それで、探しているんだ。戦いならあとでゆっくりやってやる。だから、今は恵美を
 探させて欲しいんだ」

これは、賭けだ。今こんなところで、わざわざ斬り殺されるような危ない橋を渡る必要はない。
辻の目的は俺と真剣勝負をすることなんだ。だったら、別に大丈夫じゃないか。

「……ふふふ、ダーメ。こんなまたとないチャンスを逃す筈、ないじゃないの」

だが……まぁ、予想通りと言えるのだろうか。辻は、拒否した。
当たり前といえば当たり前だ。チャンスをむざむざ後回しにする奴なんか、そうそういないだろう。

「それにね……私は」


「快斗っ?!」


 突然、背後から声が聴こえた。自分の名前を呼ぶ、可愛らしく、そして懐かしい声。
 まさか……そんな、なんでこんなところで……?

 振り返ろうとした、まさにその瞬間。



  バァンッ!!



 辻が取り出した、GM FP45・リベレーターが、火を吹いた。





「私はね……戦いに水を注す奴は大嫌いなの。ふふふふ」





 俺の目の前で。

 恵美は……ゆっくりと、倒れていった。






  【残り4人】





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