08.出  発



 あっという間の出来事だった。なのに、とても長く感じた。
突然、原田真奈(女子3番)の首輪が光りだして、そして電子音を響かせた。かと思えば、道澤 静と名乗る担任は、
とんでもないことを言い放った。連動制度のことだ。
それを告げられ、同時に死を宣告された原田は、もがき、苦しみ、断末魔のような叫び声をあげた。
仲がよかった筈の吉田由美(女子5番)には見放され、僕も手を差し伸べることなんか出来なかった。そう、何故なら
彼女はいわば狂器。狂ったように室内を暴れまわる凶器だ。
何時爆発するかわからない首輪。それをぶらさげて、僕達は殺し合いを強要される。そんな理不尽に文句を言おうも
のなら、先程の篠塚晴輝(男子3番)のように虫ケラのように潰されて、そして僕のペアが原田みたいに死ぬだけな
んだ。絶対、それだけはならない。だって、彼女は僕の―― 。

そこまでで考えた時だ。首輪が甲高い悲鳴をあげ、原田が立ち上がった。その目は虚ろで、最早何も見ていない。
そして、唐突に走り出したのだ。ただ、足が向いていた方向に。僕のいる、方向に。
瞬間的に危険を感じ取った僕は、咄嗟の判断で横に跳んだ。その次の瞬間。



 ドバァァァァンッッ!!



予想とは遥かに違う、何かを潰してしまったような音が強烈な爆発音に上乗せされていた。
その音を聞き取った次の時には、右足に強烈な痛みを感じていた。爆発の勢いもあり、そのまま床に倒れこんだ。慌
てて、ペアを組まされた彼女、松岡圭子(女子4番)が駆けつけてくる。

「ヤス君、大丈夫?!」

僕、東雲泰史(男子4番)は、2年前から細々と圭子と交際を続けている。前々から、うん。異性に興味を持つようにな
ってから、なんとなく圭子のことが気になっていた。それがやっと好きだったんだってわかったのが、圭子からラブレタ
ーを受け取った時だった。
だけど、そんな素敵な思いでも、今は遠い話。

「う……いってぇ……」

「血、出てるよ。大変、手当てしなきゃ……!」

額から汗が滲み出てくる。この痛みは普通ではなかった。恐る恐る傷口であろう箇所を見てみると、制服のズボンは
パックリと裂け、そこから血が流れ出ている。傷口はまるで肉を抉り取られたかのように、豪快に開いていた。
そう、原田の命を奪った首輪。その爆発時に吹き飛んだ破片の一つが、咄嗟に避けた僕の右足を抉り取ったのだっ
た。逃げてこれだ。もしも、あのまま何もしないでその場で爆発の影響をまともに受けていたらどうなってしまっただろ
うか。下手をしたら死んでいたかもしれない。

「ええと……シノノメ、でいいのかな? 東雲君、悪いことしちゃった、ごめんなさいね。私も、まさかここまで爆発が制
御できてないって思わなかったから……」

そういえば、あの担任はこの首輪が試作品だとか言っていた。だから爆発の規模はわからない、と。
なるほど、そういうことだったのか。

「原田さんにも、変に巻き添えにしちゃって悪いことしちゃったな」

そんな言葉を聞きながら、僕は圭子が僕のカバンを開けているのを見た。荷物は部屋の隅に置かれていて、圭子は
そこまで行っていたのだった。間もなくタオルを持ってくると、簡単にズボンの上から包帯代わりに止血用に傷口の上
から圧迫、固定していた。嘆息が洩れたが、なんとか我慢した。

「……それじゃ、話を続けます。今から出席番号順に出発してもらいますが、その時に1人1つ、デイパックを渡しま
す。中身は水と食料、地図とコンパス、懐中電灯、筆記用具に、武器が入ってます」

武器という単語が出たところで、改めて室内の雰囲気が変化する。

「武器といってもその中身はバラバラです。ですから、当たりもあれば、はずれもあります。大きな斧とかが支給され
ることもあれば、毒薬が支給されることだってあります。全てバラバラです。その辺りは、各自出発してから確認して
下さい」

内容は半分も入ってきていない。クラスメイトが2人も死んだこともあるし、そして僕自身が負った傷の具合が悪すぎ
る。痛くて、まともに話が聞ける状態でも無い。
隣で心配そうに傷口を見る圭子がいる。白いタオルは、既に紅く染まってきている。

「それでは、出発してもらいます。1番の2人、出てきてください。あ、荷物は隅に置いてあるから、自分のを取って行
ってもいいですよ」

その言葉を聞いた瞬間、加藤秀樹(男子1番)が立ち上がった。
そして僕の方に来ると、屈みこんだ。そして、淡々と言った。

「大丈夫か、歩けるか?」

「……厳しいかもしれない」

「そうか……展望台で、待ってる」

ボソボソ声で言う親友の秀樹の声は聴こえ辛かったが、それでも内容は理解できた。
そして、嬉しかった。誰も頼ることの出来ない、ペアという名の運命共同体としか行動できないと思っていたのだが、
どうやらそうでもないらしい。僕を信頼してくれるということが、嬉しかった。

「加藤君、時間が詰まってるから、急いで下さいな」

「ああ、わかってる」

気が付けば秀樹のペアの大沢尚子(女子1番)は既にデイパックまで受け取っていた。とても怯えたような顔をしてい
るが、まぁ秀樹が付いているなら大丈夫だろう。
秀樹は黙って荷物とデイパックを持つと、最後に僕に向かって大きく頷いた。僕も、大きく頷き返した。

「はい、では3分間のインターバルを置いて、次は2番のペアに出発してもらいます。現在時刻は10時48分。したが
って、このエリアが禁止エリアになるのは11時20分。わかったね?」

誰も返事をしなかったが、全員が大きく頷いていた。
怯えている者がいれば、じっとしている者もいる。ただ、一つ共通しているのは、各々の眼つきは真剣になっているこ
とだ。この試合は、油断をすれば死ぬ。それだけに、緊張しているのだ。
足早に部屋を出て行った秀樹と大沢。それからは不自然なくらい部屋は静まり返っていた。この静寂を破壊したい。
思い切り叫び声を出してしまいたい。そうでないと、自分自身がこの不気味な沈黙に押しつぶされてしまいそうだった
から。だが、そこまでする勇気も無く、結局は時間が過ぎるだけだった。

3分は長かった。息苦しかった。
誰も、何も言わない。いや、恐らく他の全員も誰かが静寂をぶち壊すのを待っているのだろう。だけど、誰も行動に移
せない。下手な行動をすれば、きっと殺されてしまうから。

「じゃぁ、そろそろ3分経つわね。じゃ、2番の2人。出発して下さい」

結局静寂を壊したのは、最後に言葉を発した道澤だった。そう、新たなる試合開始の声。
熊田健人(男子2番)はすくっと立ち上がると、その大きな体を半回転させた。深呼吸でもしているのだろうか。

「……高橋さん、出発する時間ですよ」

再度、道澤が言う。部屋の隅で蹲っていた高橋 恵(女子2番)は、大粒の涙を流していた。声も出さずに、息も荒げ
ず。ただ、涙だけを、流していた。

「高橋さん」

再度道澤が言う。すると、高橋は膝に顔をうずめたまま、首を横に振っていた。
そして、声が漏れ出す。

「駄目です……あたし、行けません」

「立て、行くぞ」

だが、道澤が懐に手を突っ込んだのに気が付いたのだろう。熊田は高橋のところまで行くと無理矢理顔を起こして手
を引っ張った。嫌だという素振りを見せるが、それに構わず熊田は手を引き続ける。
道澤は結局何も出さずに手を元の位置に戻した。もしあのまま高橋が動かなかったら、拳銃で脅してでも出発させる
つもりだったのだろう。まぁ、熊田の機転のお陰で命拾いしたが。
嫌がる高橋にデイパックを持たせると、高橋は観念したのか、下を向いたままとぼとぼと歩き始めた。熊田もその後
から部屋を出て行こうとして、ふと立ち止まり、振り返る。そして生き残っている僕達6人の生徒を見ると、踵を返して
去っていった。

「じゃあ、次の3番ペア……は飛ばして、貴方達ね」

そして気が付く。次に出発するのは、僕と圭子の番だと。
そして時は過ぎていく。再び不自然な3分間が、流れ出した。右足の痛みは、感じない。神経がやられているというこ
とは無いだろう。ただ、極度の緊張と不安に占められて、そんな痛みなど感じる余裕が無いだけかもしれない。
まずは、この足で歩かなければならない。そして、秀樹に会わなければ。待っている、あいつに。
圭子が、震える手をそっと握ってきた。こちらは出発間際になって気持ちが落ち着いたのだろうか。いや、そんなはず
は無い。ただ、手を握るという動作をすることによって、安心しようと思っているだけだ。そう、どこにもない、安息を求
めて。唯一つ、待っている死という結果から逃れたくて。

ああ、逃げ出すことが出来たら、どんなに楽なんだろうか。

「……3分間経ちました」

永かった。だけど、これは、はじまりなんだ。
自分自身との戦いの、はじまりなんだ。



 動け、足。  もがけ、腕。  信じろ、心。



圭子に支えてもらって、なんとか僕は立ち上がった。痛みは酷かったが、歩けないわけでもない。
走れといわれたら、それは多分無理だ。襲われたら、ひとたまりも無いだろう。


 だけど、死ぬわけにはいかないんだ。僕が死ぬ、それは、圭子の死をも意味する。
 それだけは、絶対にあってはならないのだ。それだけは、絶対。


デイパックを受け取る。ずっしりと重たい感触。
そして、何処までも続く薄暗い廊下。






 もう、後戻りは出来ないのだ。
 ただ、突き進むしかないのだ。








 仲間を、信じて。


 己を、信じて。









 そう、ゲームはまだ、はじまったばかりなのだから。



【残り10人】





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