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 学校の方はというと、一学期の期末考査がいよいよ近付いてきていた。
板鳥第六中学校。何処にでもあるような、普通の学校だ。特に不良が横行しているということもなく、挿しあたって深
刻な問題は特に見受けられない、強いて言えば、少々成績面で不安があるくらいだろうか。

 私の担当する三年E組。一応は進学コースだが、平均偏差値は五十程度かそれ以下。頑張って中堅校に合格しよ
うなどと言う割には、試験一週間前でも元気に部活動をしていたりと、よくわからない面が多い。大抵の子が元気に
走り回っているのが幸いなんだろうか。
私はのんびりと学校への道を歩いていた。比較的田舎であろうこの辺りは、空気もいい。住宅街が密集していて、そ
れに比例して子供も沢山いるので、田舎の割には生徒数もそれなりな学校にはなっている。先程から周りには、はし
ゃぎながら横になって喋り続ける女子生徒たちや、まだ幼さが抜け切っていない中一の男子達が全速力で駆けっこ
を行っていたり……よくまぁあんなに元気よく走り回れるものだとつくづく思うのだが。しかしまぁ、元気がよいのはい
いことだ。それがうちの学校の指針でもあることだし。
そんなことを思いながら、ぼんやりとその光景を眺めていたら、突然後ろからドンと背中を押された。

「戸田センセー、おっはよぅ!」

すっかり傷んだ腰をさすりながら振り返ると、そこにはにんまりと笑みを浮かべる男子生徒がいた。

「……朝から相変わらず元気だな、浜田」

私はそう言いながら、その生徒、浜田篤(男子18番)の頭をぐしぐしとやった。特にかためていない、さらさらとした髪
がみるみるうちによれよれになっていく。

「わ、なにすんだバカ! やめろって!」

「教師に向かってバカとはまた随分大きく出たなコンニャロ」

慌てて振りほどこうとする浜田の手を押さえつける。悪いが身長はそれなりにある方だ。浜田は比べてそんなに背が
高い方ではないから、扱いもたやすい。
そんなことをしているとその後ろからさらに二人、駆けて来るのが見えた。

「あー! やっと追いついた!」

「浜田さ、お前少しは手加減してくれよ! ……あ、センセおはよ」

「なんかついでみたいな言い草だな。なんだ、お前ら呑気に駆けっこでもしてたのか?」

私は駆けつけてきた二人、上田健治(男子二番)と君島栄助(男子五番)を呆れ顔で見つめる。どちらもいつも浜田と
は一緒に居る仲間だ。君島も浜田と同じくらいの身長だから扱いは容易だが、反面上田は私より頭一つ抜けている
スポーツマンだから、ちと押さえ込むには難しいか。
君島は大きく深呼吸をしながら、半ばずり落ちた眼鏡を両手で元に位置に戻す。

「えっと……あれ? なんだったっけ?」

「おーい、栄助。走ってて忘れたか? あれだよ、あれ」

「あぁ、そっか。そうだった。うん、ゴメン先生、じゃまたあとで!」

「あ! 待てコラ! 俺を置いてくなぁ!」

呆けていた浜田が、一気に駆け去った二人を見て、慌てて追いかける。私はそんな元気な三人組を、黙って見届け
ることしか出来なかった。まぁ、元気なことは悪いことではない。
とんとんと、肩を叩かれる。振り向くと、そこには苦笑いを浮かべる二人の女子生徒がいた。

「……なんだ? 二人して」

私はその二人、本村泰子(女子18番)と三崎玲(女子16番)に話しかける。

「やっだなぁ。せんせぇー、気付いてないんですかぁー?」

「……背中になんかついてます」

「へ?」

背中に手をやる。なにか紙みたいなものが貼ってある。剥がして見てみると、『奥さん募集中』となんとも汚い字で書
かれている。なるほど、そりゃ苦笑いするしかない。この特徴的な字は浜田だな。あとでとっちめてやる。

「今時こんなのに引っ掛かってちゃダメですよー」

「なに本村、油断しただけだ。ま、きちんと三倍にして返さないとならないな」

「……先生、なんかオーラが出てますよ」

「気にするこたーない。こいつはただの怒りのオーラだからな。……さてと」

私はどうやって仕返しをしてやろうか考えた。子供のやることだからと言って侮ってはならない。そんなことは昔から
わかっている。私は二人に早々に別れを告げ、早歩きで学校へと向かった。
浜田という生徒は、うちのクラスのムードメーカーであった。彼が教室にいるかいないかで、うちのクラスの雰囲気は
まったく変わる。元気なことはいいことだ。決して悪いことではない。だが、度を過ぎればやはりそれは悪になる。叱
る時はきちんと叱る。そうでないときはそれ相応の対応をする。それが私のスタイルだった。
そして、それに追随するかのように、上田と君島も元気な生徒だ。君島はまぁ真面目な部類だが、遊ぶときには本当
に遊ぶので、気をつけて対応しなければならない。上田は女子とのつながりが大きい。先程の本村もそうだし、基本
的には元気な女子は大抵上田とつるんでいる。彼もまた、目をつけておかなければならない人物だった。
まぁしかし、実際授業中に騒ぐような連中はそれだけだったし、あくまで妨害行為まで及ぶことはなかったので、比較
的大人しいクラスなのかもしれない。少なくともこれまでの教師生活の中ではまともな連中だった。

 ふと、今朝見た夢を思い返す。
 ……いや、まさか。私は首を振ると、学校の敷地内へと足を踏み入れた。

 今日も空は穏やかだった。
 相変わらず、田舎の空気はうまい。






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