岐阜県に位置する山中村。 今回のプログラムにおいて、その本部となる山中学園。 「……さてと、そろそろ生徒達が来る頃だな」 先輩である兵士が、俺に向かって話しかけてきた。俺はそれに対して、力なく頷く。 「おいおい、どうしたんだい寺井? そんなんじゃ、きちんと仕事なんか出来ないぞ?」 「……はい、蒔田さん」 俺、寺井晴行は、ゆっくりと立ち上がろうとした。それを、先輩である蒔田信次が制止する。 「まぁ、気持ちはわからんでもない。お前にとっては、複雑な心境だと思うよ」 「……そうですね。正直な気持ち、もやもやしっぱなしです」 「さて、本来なら公私の区別をきっちりつけろ、と私なら指導するところだが……まぁいいだろう。事情が事情だしな、 門並センセだって理解を示してはくれるんじゃないか」 「いえ……きちんとやらせていただきます」 俺の仕事は専守防衛軍兵士。その役割をきちんと遂行すること。今回、兵士となってから三回目となるプログラム の進行補佐役を務めることとなった。直接に俺を引っこ抜いたのは目の前にいるこの蒔田という男。かつて俺が参加 したプログラムで、門並教官の補佐を務めていた若手の兵士だった。その時のプログラムで俺は優勝したが、その後 のことで迷っていたある日、蒔田に誘われたのだ。うちへ、来ないかと。 最初は迷った。確かに、家族と気まずくなった。居心地が悪かった。父も母も、俺の成績を知っている。十人以上殺し たということを知っている。以来、なにかと俺の事を怖がるようになっていた。唯一、弟だけが変わらずに接してくれ た。それだけが、嬉しかった。 だが、それでも。それでも、俺たちを殺し合わせた政府に属するということにはいささか抵抗があった。ましてや、直 接プログラムに関わる仕事をするという部署ならば。これでも、それなりに不信感は抱いているのだ。あの時俺が最 後に殺した親友に向けて投げかけた言葉、それを、遂行するためだとしても。 決め手は蒔田の一言だった。あの時の教官も、境遇は違えど似たもの同士だということ、そして……俺の考えとあの 人達の考えが、驚くほどに似ていたのだから。それが、決め手だった。 「お前が読んでいると思う資料な。懐かしい名前がいっぱいあっただろう?」 懐かしい名前。兵士になってからは寮生活が主だった。以来、家族ともあまり会ってはいなかったし、たまに弟と電 子メールのやりとりをしていたくらいだった。家族には秘密だったのだが。 今回のプログラムの対象生徒の中に、その名前が存在した。初めて見たとき、それは嘘だと思っていた。だが、家族 が石川の地を離れて岐阜県へと引っ越したこと、また、その人物の過去の履歴を眺めて、それはやがて確信へと変 わった。同時に、足元が崩れ落ちるのを感じた。 寺井晴信(男子11番)。人殺しである俺を唯一理解してくれた可愛い弟。あいつは、俺とは違って根っからの優しい 奴だ。こんなプログラムなんかに巻き込まれたら、ろくにクラスメイトも殺さずに死んでしまうのだろう。 同時に、もう一人。堤孝子(女子10番)。彼女の兄貴は、かつて俺がプログラム中に殺した不良生徒だ。確か終盤で 殺した気がする。問題児だったけれど、悪い奴じゃあなかった。この妹は、その事実を知っているのだろうか。まして や、今回の補佐を務める兵士の中に、俺がいるということを知っているのだろうか。知ったら、どうなるんだろうか。 そして、担当するのは門並教官。これほどまでの偶然が、揃うということが果たしてあるのだろうか。 「……実はな、俺にも懐かしい名前ってのがあるんだよ」 「それは、初耳ですね。誰ですか」 「ほら、こいつだよ、こいつ。トトカルチョでも一番になっているこいつ」 そう言って蒔田が指で示した方向には、名前が表示されていた。松原亮(男子20番)、紛れも無く、トトカルチョで一 位になっている。 「……知り合いなんですか?」 「いや、まぁ直接会ったことはないんだけどな。ちょい前の話になる。私が門並センセと一緒に組む前の話だ。私はち ょっとおっかない野郎の下に配属されていてね。その人は不運な事故で亡くなられたんだが……その息子が、こい つなんだよ」 「息子……。プログラム担当教官の、息子ですか」 「まぁ、担当教官もしていた野郎の、だな。それしかやっていないわけじゃないぞ? 見た目からして怖くてね。鬼教 官と恐れられていたんだが……まぁ、呆気ない最期だったな」 「そうなんですか。だから、一位に」 俺は、資料を捲ってこの生徒のデータを見る。なるほど、学力は上位、運動神経もそこそこ……陸上部に所属してい たのか。脚力はプログラムにおいても重視される。 「別に親の影響を受けているとは思えないんだけどな。やっぱりサラブレッドって認識されているんだろうな。ちなみに こいつ、クラスの中では比較的穏やかな奴だそうだ」 「……穏やかで明るい奴ほど乗ったら怖いってのもありますけどね」 「経験者は語る、か。その辺はお前の方が上手だからなぁ……おっと、生徒達が来たみたいだ。行くぞ」 いつのまにか、本部である職員室内が騒がしくなってきている。生徒たちを乗せたバスが到着したのだろう。これか ら、生徒たちに監視用の首輪をつけなくてはならない。一人ひとりに認証コードがあり区分されているから、きちんと 間違えないように首輪をつけなくてはならないのが面倒だった。 俺は、蒔田の後に続く。これで、三回目の補佐役だ。 今回は……きちんと遂行出来る自信はない。 だが、俺は。やれるだけのことは、しなくてはならないのだ。 悔いの、残らないように。
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