「次、鈴木くん」 門並が、僕の名前を呼ぶ。僕は無言で立ち上がると、脇に立っている兵士からデイパックを受け取った。教室を出る と、整然と荷物が並んでいた。その中に、見覚えのある自分の鞄。だが、考えてみれば、今日は特になにも持ってき てはいない。ただ適当に教科書やノートが突っ込んであるだけだ。余計な荷物はいらないと思い、僕はそれを放置し たまま通り過ぎる。 真っ直ぐ歩いただけで、簡単に玄関へと辿り着いた。最初から靴は履いていたので、そのまま外へと出る。昼過ぎだ というのに、空は曇天模様で薄暗い。今にも、雨が降り出しそうな天候だ。僕は妙に湿っている砂地の校庭へと立 つ。その脇に設けられている花壇の陰に、身を潜めた。 二分が経った。辺りに変化はない。どうやら、僕より早く出発した二人は、ここいらで待ち伏せのようなことはしなかっ たらしい。待ち伏せする者の理由としては、二つが考えられる。ひとつは、仲間と呼べるような友人と合流するために 出発地点で待つため。そしてもうひとつ、早々にやる気になって、次々と生徒を殺害するため。僕はどちらかといえ ば、後者に分類されるのだろう。近本絵里奈を、殺す為に僕はここにいるのだから。 玄関から、一人の女子生徒が出てきた。辺りをキョロキョロと見回すと、誰も居ないとでも思ったのか、そのまま 堂々と校庭を突っ切っていった。出口は二つ、校庭を突っ切った場所にある正門か、校舎沿いに進んだ場所にある裏 門のどちらかだ。僕の次に出発した生徒、仙道美香(女子8番)は正門を選んだことになる。 ……仙道か。女子の中では、いわゆるギャルと呼ばれる部類に属する生徒。あまり素行がいいわけではなく、授業 中に携帯をいじっていたり、授業自体をブッチしてしまうような、軽率な奴だった。近本や佐原夏海(女子7番)とよくつ るんでいたけれど、よく考えてみればこの三人、連番だというのに全く他の仲間を待とうとする意思がないらしい。ル ール的にはこれは殺し合いであって、一人しか生き残れないとはあるけれども、それだけに僕はなんとなく現実を突 きつけられたような気がして少しだけ複雑な気持ちだった。 僕は、いそいそと支給されたバッグを漁る。チャックを開けると、一番上にその武器は安置されていた。アウトドアナイ フ、ごく一般の家庭にあるような、普通のナイフだった。小型というわけではないが、それほど大振りでもない。まぁ、 殺傷能力は充分に持ち合わせているだろうといえる。 さらに二分が経った。次に玄関から出てきたのは、よく周りから変わり者と言われている須藤元(男子9番)だった。 須藤は立ち止まる気配を見せず、悠々と校庭を歩いている。その手には、なにやら拳銃のようなものが握られている のがわかった。そうか、須藤の奴、もう校舎の中で武器を確認したんだな。で、拳銃が支給されたから、ここまで余裕 顔で大手を振って歩いているわけだ。 ……そうか、拳銃か。確かに、武器だ。それも、刃物に比べて殺傷能力は格段に高い。もしかしたら、僕に支給され たこいつははずれではないにしろ、あたりでもないのかもしれなかった。 須藤が、僕のようにこのゲームに乗っていたとしたらどうだろう。面倒なことになりそうだ。よくわからない奴だし、そう なってしまったら厄介ではある。 ……ふと、友人たちの顔が思い浮かんだ。漢字は違っても、読みが一緒だという理由で仲良くなった安田勉(男子2 1番)、そしてその安田と仲が良くて、いつの間にか僕も仲良くなっていた久保正明(男子6番)。僕が、唯一この学校 で親友と呼べるような奴はそれくらいだったが、残念ながら出席番号が離れている。久保こそ近いものの、順番では まさに最後のほうだ。この場に居続けての合流は、不可能に近いだろう。なら、端から合流は諦めればいい。僕は僕 のやり方で、戦えばいいのだから。 そして、二分が経った。僕は、ナイフを握り締める右手に自然と力が入った。人を殺すなんて、当然ながら初めての ことだ。しかも、殺す相手はかつて僕が大好きだった近本、今となっては、好きだった頃の面影さえ失ってしまった、 あの近本だ。僕は、ケリをつけるために。それだけの、ために。 玄関から、女子が出てきた。見間違えようのない、その姿。 紛れもなく、近本絵里奈本人だった。 僕は、ゆっくりと辺りの様子を窺いながら校舎沿いに裏門へと歩みを進める彼女の後ろにぴったりとついた。こんな目 立つ場所で殺したら、それこそ次に出てくる生徒に目撃されてしまう。それではいけないのだ。いくら殺人が認められ ている世界とはいえ、自分が人を殺す瞬間を他人なんかに見られたくはない。 そして、近本は裏門から、そっと外へ出る。そこには、緑の中にぽつぽつと家があるだけの、本当の山村風景が広が っていた。方角的には、南へとあたる。確か地図では、すぐそこに河があり、ちょっとした谷になっているはずだった。 これがそちらへと向かう行き止まりの道であるということに、彼女は気付いているのだろうか。 気がついていないのだろう、彼女は河の音と共に、崖がすぐ近くにありそしてまさに歩いている道が行き止まりになっ てしまったことに対して、歩みを止めたのだから。 やるなら。今しか、ない。 僕は、一気に駆けた。眼下の河の音で、僕の足音は聞こえない。そして、僕は、勢いよく、彼女に向かって体当たり をした。その直前であろう、彼女は僕の存在に気がつくと、咄嗟の判断で体を捻らせていた。僕はまさに背中から肺 を突き刺そうと目論んでいたのだけれど、それは叶わず、彼女の脇腹を抉り取る形になる。それでも確かな感触があ り、僕がナイフを引き抜くと、そこからは鮮血が噴出していた。 彼女が、僕の姿を改めて凝視する。目を丸くして、自分の脇腹に手をやり、さらに目を見開いていた。 「な……鈴木、くん……!」 「…………」 ダメだ、仕留めきれてない。早く、早く殺さないと。 僕は、第二撃を加えるべく、再び突進を始めた。だが、今度は真正面からだったので、いとも簡単に避けられた。 「そんな……なんで?!」 「……なんでだと? 自分の胸に聞いてみろよ、近本さん。余程の理由がなきゃ、僕はこんなことはしないだろう」 「し……知らないよ! そんなのっ! 私があんたになにしたってんのさぁっ!」 「……知らない? 所詮君にとって僕はその程度の存在だったのかよ。僕がこの半年ものあいだ、どれだけ苦しんで 悩んだか……君にはわからないのかっ!!」 早く、殺せ。この苦悩の元凶を、殺せ。 そうすれば、楽になれるんだ。そうすれば、解決するんだ。 「死ねっ! 死ねっ! 死んでしまえっ! お前が死ねば解決すんだっ!」 僕は喚きながら、再度彼女へと刃物を突きつける。彼女は同様に避けようとしたけれど、ふらふらな足取りはもつれ て、無様にその場に倒れこんだ。僕はその勢いを止めることができずに、彼女の上へと倒れこむ。 ……と、同時に。腹部に、激痛が走った。 「かっ……はぁぁっ……!」 僕のナイフは、彼女の右肩を抉り取っていた。だが、彼女はその右手で、なにかを握っている。僕は耐え切れなくなっ て、ごろんとひっくり返った。その激痛の発信源である腹部から、なにやら突き出ているものがある。僕は突き刺さっ ているそれを引き抜いた。先端がとがっていて、どうやら矢のようだった。 「て……てめぇぇ……」 「ぐ、あぁぁああ……」 僕が、憎々しげに声を出す。彼女も彼女で苦しそうな顔をしていた。もう、まともに歩くこともままならないだろう。あと 一撃で、僕の勝ちなんだ。僕は、楽になれるんだ。 さぁ、体を起こせ。そんなに深い傷でもないだろう、むしろ簡単に引き抜けたんだ、浅いに決まっている。さぁ、体を起 こして彼女に止めを刺すんだ。 「よくも僕を……。……?!」 上体を起こしたところで、僕は体中から力が抜けていくのを感じた。急速に体が痺れていく。全身から力が抜け、やが て息をするのもままならなくなった。 ……苦しい。ただ、それだけだった。それ以外の、なにものでもなかった。 そして、それが。 僕の最期の、知覚となった。 「……え、なに? こいつ、死んだの……?」 近本絵里奈は、ふらふらとした足取りで立ち上がる。そして、そのまま何処かへと歩み去っていった。 彼女に支給された武器が、実は毒矢だったということは、彼女自身も、気付かぬままだった。 【残り41人】
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