どうしようかと佇んでいると、向こうもあたしに気付いたみたいだった。 一瞬だけ見せた冷たい目。だが、次の瞬間には、いつものそれに戻っていた。 その視線は、あたしの右手へと向かっている。 「それで、なにをするつもりですか?」 凛とした声が、辺りに響く。あたしは少しだけたじろいだが、別にやましいことを考えていたわけじゃない。正直に、 素直に答える。 「さぁてね。別に持っていれば変な虫が近寄ってこないと思ったから」 「まぁ、自分からは近付かないでしょうね」 拳銃を持っていることをわざわざ誇示しているのに、それでも近寄ってくるというのなら、ただそいつは馬鹿なのか、 あるいは無謀にも勝てると思っているのか、最悪なのは拳銃なんか比べ物にならないくらい強い武器を所持している というパターンだったが、まぁそれは流石にないだろう。 古城有里は、果たしてどれに当てはまるのか。いや、そもそもこちらから赴いたのだから前提からして間違っている のだけれども。彼女は、あたしの拳銃をじっと見据えたまま、身じろぎ一つしなかった。 「……しまわなきゃ安心できない?」 「別に、堤さんが持っていたいのなら、それで構わないと思いますが」 「……あんた、面白いね」 髪先から、水滴がぽたぽたと垂れてくる。ぐっしょりと濡れたそれを、左手でかきあげる。 「そこだと、びしょ濡れになりますよ」 古城は、自分の座るベンチの脇を、ポンポンとたたく。なるほど、そこに座れというのか。 「じゃあ、そのご好意に甘えてちょっとだけお邪魔させてもらいましょ」 言われるがままに、古城の隣に座る。右手に拳銃は、握ったままにしておいた。まだ、こいつを信じたわけじゃな い。むしろ、あたしの中では危険人物だと思っているのだ。 「……殺さないんですね。正直、意外です」 「はぁ?」 座ってからほんの一息ついただけで、あっさりと古城は口を開いた。 私が、意外だって? 「私、てっきり堤さんはやる気になるものだとばかり」 そんなことをいきなり言われて、あたしはキョトンと眼を丸くした。こんな突拍子もないことを言われるなんて、予想だ にしなかった。 「……そういうあんたはどうなのよ」 「私ですか。私は……まだ、迷ってます」 「迷ってる? 乗るか乗らないかを?」 古城は、可愛らしくコクンと頷く。 「パパは、人殺しはいけないことだって、それだけはいけないって言ったんです」 パパ、ねぇ。 「でも、私はまた生きてパパに会いたいんです。大好きだから」 「ふーん、そういうもんかねぇ。うちのオヤジなんて、正直メンドくさくて話すのもかったるいくらいなんだけれど。尊敬、 してんだ?」 「尊敬……そうですね。パパは、とてもカッコよくて、強くて、怖くて、でも優しいんです」 「……なんじゃそりゃ」 極道の娘。あくまで噂でしか聞いた事はなかったけれど、看板に『古城一家』なんて書いてあるくらいの堂々っぷり だ。『古城』なんて苗字、そうそう多くはないだろうから、なんとなくあたしはこの子の家を知っている。 「あんたは、あたしは一緒だね。あたしも、迷ってんだ」 「人を殺すか、殺さないかをですか?」 「いやいやいや、ちゃうちゃう。もっと根本的な……なんて言えばいいんだろ。なにをすればいいのか、わかんないん だよ。自分探し中……かな」 古城は、わからないといった顔をしている。まぁ、そう簡単には理解なんか出来ないだろう。 「堤さんは、堤さんですよ。いつも通りを貫けば、いいと思います。多分、それが一番、楽だから」 「んー……普段通りっていってもねぇ。普段から人殺しなんてやらんでしょ、普通は」 「……だから、今もこうやって私と話をしているんじゃないんですか?」 さも当たり前のように、古城はあたしの顔を見つめてきた。そういえば、そうだった。殺そうと思えば、こいつは殺せ たのだ。この拳銃で、頭をぶち抜けば。だけど、あたしはそうはしなかった。今が殺し合いの最中だとか、そんなこと は全く気にしていなかった。だって、こいつはもしかしたら、やる気になるかもしれないのに、だ。 急になにもかもがおかしくなってきて、あたしは声高らかに笑った。辺りに、あたしの笑い声が響き渡る。 「なにか、変な事いいましたか?」 「いやいやいや、ちゃうちゃう。あんたの言うとおりだわ、まったくもってね。こんな状況でも、普通にあたしは殺すとか 殺さないとか意識はしてなかったわ。むしろ殺されることを心配してたよ」 「私が、堤さんをですか?」 「そ。あたしもね、てっきりあんたはやる気になるんじゃないかとばかり」 そういえばなんであたしは、こいつの隣に素直に座ったんだろう。こいつもなにか刃物やらなんやらを隠し持ってい て、あたしを殺していたのかもしれないのに。あたしはまだ、生きている。 「あんたもさ、よーく考えてみなよ。人を殺してまでもパパに会いたいんなら、乗ればいい。戦わずに死ぬのも、またパ パの為だしね。それは、あんたが決めることだ。あたしの知ったこっちゃない」 「……そうですか。私自身で、決めるべきですか」 「それこそさ、あんたのやりたいようにやればいいんじゃないの? あー、でも待った。今ここで決断していきなりあた しを殺すのはナシね。あたしは一応、そう簡単には死にたくはないんだからさ」 あたしは慌てて手を振る。古城は、それを見てクスリと笑う。 「大丈夫ですよ。まだ結論が出るには時間がかかると思いますし」 「あんまし時間かけて、長考中に殺されたーとかだとシャレにもならんけどねぇ」 二人で、笑った。 思えば、今まで古城とは話したことがあまりない。なのに、まさかこんな所で意気投合するとは。 もっと、普段からこいつと話していればよかった。孤高を貫くとはいえ、こういう話し相手が一人いるだけでも、随分と 生活は変わっただろうに。なんて、勿体無いことをしていたんだ、あたしは。 「まぁ、あんたがどっちに転んでも、あたしは構わないと思ってる。そんなあんたに、あたしから忠告だよ」 「忠告……ですか」 「うん、忠告」 「なんですか?」 あたしは、一息ついて、口を開いた。 「寺井には、気を付けなよ」
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