寺井晴信(男子11番)に気を付けろ。 その言葉は、古城の表情から一瞬だけ笑みを消した。 「……それは、堤さんは寺井君がやる気になっていると言いたいのですか?」 「正確にはわからないけれどね。あいつは、なにをするかわかったもんじゃないさ」 あたしだけが知っている、あたしだけの秘密。寺井晴信の、家族の秘密。 古城は、そんなあたしを訝しげに見つめていた。 「わからないのに、そんな断言しているのですか。なにか、理由でもあるのですか?」 確かに、これは一種の偏見なのかもしれない。だけど、そんなものは誰だって持ってるだろう。 こいつになら話してもいいかなと思って、あたしは口を開いた。 「あいつの兄貴は、あたしの兄を殺したんだ」 「……殺した?」 「そ、6年前のプログラムでね。結局寺井の兄貴はそのプログラムで優勝して、どっかに行方をくらましたらしいさ。 で、あの家族は偶然にもあたしの家族と同じところへ引っ越してきた。まぁ、悪意があるのかどうかはわからんし、 そもそも向こうもこっちの存在を知っているかどうかは知らんけどね」 「でも、それは寺井君のお兄さんの話であって、彼自身の話ではないじゃないですか」 「そんな甘いこと言わないの。寺井は一種の金の卵なんだよ、優勝者の弟としてね。こんな極限状態に追い込まれ たら、なにをしでかすかわかったもんじゃない」 自分でも、馬鹿なことを言っているとは思う。だけど、注意するにこしたことはないんだ。注意一秒怪我一生、まして やこの状況では即座に死を意味するのだ。多少なりとも慎重すぎたほうがいいに決まっている。 古城は、やれやれといった感じで、ため息をついていた。 「ごめんね、やっぱり話すべきじゃなかったかもしんない」 「私は、寺井君はやる気にはならないと思います。正直……そこまでの度胸があるようには思えません」 「まぁ、頭の片隅にでも留めておけばいいさ。……うん、それでいいんだ」 「堤さん……」 その時だった。 突然、擦れたような音質で、クラシックなメロディが流れ始めた。 「……これは?」 「多分、これが例の『放送』ってやつですね」 手元の時計を見る。午後六時丁度を、針は指していた。 『みなさーん、元気に殺しあってますかー? 担当の門並でーす。それでは、今から午後六時の放送を始めたいと思 いますので、メモの準備をしておいてくださいね』 確か、放送ではそれまでの死亡者と禁止エリアの発表があったはずだ。 あたしは急いでバッグの中から地図を取り出す。脇には、生徒名簿も印刷してあった。なるほど、こいつにチェックを 入れていけということなのね。 『ではまず、試合が始まってからこれまでに死んだ友達の発表です。じゃあ男子から。8番 鈴木努くん、18番 浜田 篤くん。以上二名』 浜田……? あいつ、もう死んだのか。あれだけやんややんや振舞っていたのに、案外呆気なかったんだな。そう思いながら、あ たしは名簿の上に斜線を引いていく。 古城も、同じようにチェックを入れていた。 「……やっぱり、あれは浜田君だったのですね」 「へぇ、あんた死体見たんだ。そういえば出発は最後のほうだったっけ」 古城はそれには答えず、じっと放送に耳を傾けていた。 余程酷い死体だったのだろう。思い出したくもないということか。 『続いて女子です。7番 佐原夏海さん、9番 近本絵里奈さん、12番 仁科明日香さん。以上三名』 女子はというと、こちらもあまり面識のない三人が死んでいた。あまり良い印象はなかったような気がしたが、どん な子達だったっけと、少しだけ思った。とりあえず、斜線を引く。 『というわけで既に五人の友達が死にました。なかなかいい滑り出しだと思います。まだ積極的な参加を決めかねて いる人も、殺されてしまう前にさっさと覚悟を決めましょう。言っておきますが、誰も自殺なんかしてませんからね? 全員立派な他殺です。誰かはやる気になっているんですよ』 「誰か、ねぇ……」 殺人鬼の候補ならあたしの隣にもいるのだけれど。 『はい、それでは続いて禁止エリアの発表です。二時間ごとに一つずつ増えていきますから、聞き漏らさないようにし ましょう。禁止エリアに引っかかって死ぬなんてバカなことだけは、よしてくださいね。ではまずは午後七時 A=6』 A=6、会場の端の水田地帯だ。ここなら誰も引っかからないだろう。 『午後九時 H=3、午後十一時 F=5、覚えましたね?』 H=3も同じく会場の端だ。少しだけ民家が含まれているようには見える。記号の中では果樹園らしい。 F=5は山中川の合流地点だ。この辺は渓谷なっているっぽいから、同じように進入する必然性はない。 『それでは、以上で放送は終わりです。次回はまた六時間後の午前零時に。では、それまで頑張って殺しあってくだ さいね。さよならー』 ブンッという音と共に流れていた音楽とやかましい声は治まった。 「どうやら、禁止エリアの心配はまだしなくていいみたいね」 「……みたい、ですね」 「どしたのー? 急に元気がなくなっちゃってるよー?」 「いえ。昨日まで一緒に勉強していたクラスメイトが、死んでいるの状況に悲しんでるだけです」 古城の顔は、愁いを帯びていた。 やる気になる、ならない以前に、心の奥底から人が死んでいることを悲しんでいるみたいだった。 あたしは、ここにいるべきじゃないな。 「よし、じゃあ古城さん。あたしはそろそろ行くわ」 「行くって、どこに?」 「いやー、ちょいと流浪の旅にでも行こうと思ってね」 苦笑いを浮かべながら、あたしはひらひらと手を振ってバッグを担ぎ上げる。 これ以上、古城と一緒にいる理由もないし、一緒にいたら、きっと古城はいつまで経ってもやる気にはならないだろ う。あたしなんかに、遠慮して。だったら、あたしはさっさと消えたほうがいい。 「……そうですか」 「ま、そういうわけだから。あんたもせいぜい頑張ってね」 情が移る前に、さっさと離れたほうがいい。じゃないと、あたしまで壊れてしまいそうな気がした。 「堤さん」 「なーに?」 「これで、お別れじゃないですよね? また、生きて会えますよね?」 振り返ると、古城は今にも泣き出しそうな目をしていた。 あたしはため息をついて、口を開く。 「もう、会えないよ。あたしは、多分死んでしまうだろうから」 「そんなこと、言わないでください。悲しくなるじゃないですか」 「なにしみったれたこと言ってんのよ。あたしが死ねば、その分あんただってパパに会える確率が上がるじゃないの」 「…………」 あたしは、振り返った。そして、歩き始める。 「さよなら、古城さん」 「……さよなら」 か細い声で、それは聞こえた。 さよなら、もう二度と、あなたには会えない。 さよなら、か。ここまできちんとこの言葉を使えたのは、今が初めてかもしれないな。 「さよなら」 あたしは、最後にもう一度だけ。 強く、はっきりと、呟いた。 【残り37人】
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