午後六時半。 俺は、恐る恐る交番の陰から姿を現した。すっかり辺りは暗くなっていたが、どうやら雨は既にやんでいるらしい。先 程から、当たり前のように辺りに響いていたポタポタという雫の音は、今ではもう、聞こえない。 佐藤清(男子7番)。 最初に出発することになるとはさすがに思わなかった。まさか、あそこで門並とかいう奴に銃口まで向けられるとは思 わなかったが、それも親友のおかげで助かった。出発前に死亡などという、最悪の状況からはうまく抜け出すことが 出来たのだ。 一番で出発できた俺は、まずは雨宿りが出来る場所を探さなければならなかった。戦いはきっと長引くだろう。これ は一種のサバイバルだ。いかにして、生き延びるか。大切なことは、常にベストコンディションで挑まなければならな いということ。体調を崩したら最後、ろくな医療設備もないこの会場では、それは死に直結すると言っても過言ではな いだろう。食料も栄養価の高いとは到底考えられないパンと水だ。戦いが長引けば、それだけ体にかかる負担も大き くなる。そうなると、こんな食料ではやっていけなくなる。どこかで補給しなければ。なんでもいい、保存の利くチョコレ ートでもなんでもいいから、なにかが欲しかった。 そこで、どこかの家に忍び込むという考えが浮かんだ。いや、これはあの門並とかいう奴も言っていたっけか。まぁい い。その辺に忍び込めば、きっと缶詰とかそういった類のものは置いてあるだろ。 俺は若干小走りで辺りを見回しながら進んでいると、やけにオープンな家があった。それが交番だと気がついたのは 中に入ってからで、扉を閉めてしまえばあまり目立たない、好都合な場所だった。 時計を見ると、既に出発してからかなりの時間が経過している。早速、俺は腰を落ち着かせると、武器の確認を行っ た。しかし、いくら荷物の中をまさぐっても、それらしいものはまったく出てこない。もしかして、あいつらは武器を入れ 忘れたのか? 血の気がさぁっとひいていくのがわかった。ふと、脇に申し訳なさそうに取り付けられているポケット に、手を突っ込んでみる。そこから取り出されたのは何処にでも置いてあるような100円ライターだった。……まさ か、これが武器だとか言うんじゃないだろうな? 冗談じゃない。 しかし、わざわざ規定のもの以外のものが入っているというのもおかしな話だ。つまりは、これこそが俺に与えられた 武器なんだろう。ふと、同じ型のライターが今座っている机の上に安置されているのに気づく。 「……ふざけやがって!」 俺は、そのライターをつかみあげると戸棚に投げつけた。ライターは情けない音を出して床に転がる。 これが武器だって? ふざけるな、こいつで何が出来る? 俺に放火でもしろって言うのか? その後、俺は交番中を調べつくした。缶詰、キャラメルといった非常食におかしは、便利だからとりあえずカバンに 突っ込んでおく。あと、その辺の棚に置かれていた警棒も武器として使わせていただくことにした。どうせならナイフや ら拳銃やらが置いてあればいいのだが、そこまではこんな田舎には置いてないらしい。まぁ、なにもないよりはマシだ ろう程度に、俺は思っていた。 積極的に殺し合いに参加する気はなかった。放っておいても、勝手に殺し合いは進むだろう。現に、先程から何度も 銃声は聞こえてきているし、六時の放送では既に五人が死んでいると告げられた。その中に、あの浜田篤(男子18 番)の名前があったことには、少しばかり驚かされたが。なるほど、どんな奴でも呆気なく死んでしまうこともあるとい うことか。いい勉強になった。 さて、俺はこれからどうしようか。いつまでもこんなところにとどまり続けるのはよくない。体が鈍って仕方ない。動き回 って余計な体力を消耗するのもどうかとは思ったが、もとより体を動かさないと落ち着かない性格なのだ。こればかり は、どうしようもない。 少しだけ、道なりに北に進むことにする。エリアで言えばE=7からD=7に移る。禁止エリアの心配はまったくな い。その間、誰にも会うことはなかった。辺りは静けさに満ちていて、人の気配も感じられない。本当に、俺しかいな いような錯覚にとらわれる。だが、安心は出来ない。俺はいつ、誰が出てきてもいいように警棒をぎゅっと握り締め た。そのまま暫く進んでいると、脇道が存在する。地図で確認すると、なるほど。こいつは山頂へと続いているらし い。骨は折れそうだが、他にわざわざ山に登る生徒がいるとも考えにくい。確かに山頂の展望台は目立つかもしれな いが、あるいはだからこそ誰もいないのではないか。ふと俺はそう考えて、最終的な目標地点を展望台にすることに した。 山道に入ると、雰囲気は一気に変わる。地面はアスファルトから土に変わり、辺りの景色も鬱蒼とした森へとなった。 そして、この道の管理小屋なのだろう、進行方向左手に、木造の小屋が一軒、建っていた。 ここには、誰かいるだろうか。ふと俺は、足を止めた。 同じように、山に登ろうとする生徒がいるかもしれない。そして、この道の勾配を見て少しだけたじろぎ、この建物に潜 伏を決める、なんてことも考えられる。 誰かと遭遇するのはあまり得策ではないだろう。俺はあまりクラス内でも親しい人間というのは少なかったし、まして や女子との交流は皆無だ。下手な戦闘は避けたい、が。……さて。 「……なにやってんだ、清。こんなところで」 考え事をしていると、突然話しかけられてびっくりする。見ると、前方には一人の男子生徒が佇んでいた。 それは、共に行動できるならこいつしかいないだろうなと考えていた奴。俺の、唯一親友と呼べるような存在。 「なんだよ、それはこっちのセリフだっつの」 俺はそいつ、松原亮(男子20番)に向けて、苦笑いを浮かべた。
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