C=3、民家。 君島栄助(男子5番)は、闇の中にいた。 いつまでも、どこまでも続く漆黒の闇。何も聞こえない、何も感じられない、虚無の空間。 ここはどこだ。どうして僕はここにいるんだ。必死に叫ぼうとするが、どうしてだろう、声を発することが出来ない。 やがて、それらが全て無駄だとわかる。全てを諦める。全てを、投げ出す。 そのときだった。 闇に、亀裂が生じる。そこから、光が溢れだす。やがてそれは筋となり、線となる。辺りが、光で満ち溢れる。 あの先に行かなければならない。本能的に、そう感じた。そして、走り出した。 亀裂の、向こうへ。 だが、やっとの思いで抜け出した亀裂の先には。 またしても、それこそ永遠とも思えるような、闇が広がっていた。 「……栄助。おい、栄助」 意識が、急浮上する。無理やり首を持ち上げられる。 よく、わからない。なにが起きたのか、わからなかった。 目の前には、不機嫌そうな顔をしている上田健治(男子2番)。 ……あぁ、そうだ。プログラムだ。 僕達はプログラムの真っ只中だったんだ。 「……おはよう」 落ち着いて物事を整理してみよう。僕と上田はあの中学校の前で落ち合った。そして、それから行動を共にしてこ の民家に進入し、潜伏をしていた。すると、突然上田が疲れたから寝ると言い出した。で、最初の放送があったんだ。 その放送で上田が起きて、今度は僕に寝ろと言った。そして……。 「ごめん。今、何時?」 「午後九時半だ。まったく、三時間以上も呑気に寝やがって」 上田が、苛立ったような口調でそう答える。なんと、僕は三時間以上も寝ていたというのか。あの悪夢も、一瞬にし て三時間の時を跳躍したものとなったわけだ。いっそ、このまま目覚めないほうが、気は楽だったのかもしれないけ れども。 「……ほんと、ごめん。あの、なにか変わりはあった?」 三時間。……三時間だ。上田は三時間も、誰とも喋らずにいたのか。この暗がりの中で、一人起きつつ。そう考える と、急に彼に対して申し訳なく思ってくる。 上田はまだ若干不機嫌な顔を見せつつも、ゆっくりと答えた。 「……銃声が、一発。東のほうかな、かなり遠くだった気がする」 「銃声が……?」 銃声が鳴っても起きなかったということは、それだけ微かな音だったのだろう。 「一発だけだ。後にも先にもなにも聞こえては来なかった」 「それって……」 「まぁ、また誰かが死んだんだろうな。間違いなく、この試合は順調に流れていると考えていい」 誰かが、死ぬ。 その誰かとは、即ちクラスメイト。こうして僕が呑気に寝ていた間にも、命を失った生徒がいるということだ。 「着々とクラスメイトが減っていく。まぁ、このままだといつかは俺たちもそいつらの仲間入りだな」 「そんな……ゲームじゃないんだぞ?」 「なに、殺し合いだと思うから緊張してまともな考え方も出来ないんだ。こういうときは自分を捨てて、いっそ気楽にし たほうが勝ちってもんだぜ?」 飄々とした態度で上田はそう言う。 うそだと言いたかった。だけど、浜田篤(男子18番)の死が、その言葉を紡がせる。 「これがサバイバルゲームだとしよう、栄助。長期戦になりそうな場合、まず必要なものはなんだと思う?」 必要なもの。それはまず立てこもるのに安全な場所、それから武器だ。 そう答えると、上田は蔑んだように笑い出す。 「なにか変か?」 「大事なもんが抜けてるぞ栄助。そいつは食料だ。兵糧って、きいたことないか?」 あぁ、そういえば歴史の時間に習ったことがある。敵陣に投降させるためのひとつの手段として、食べ物の経路を 遮断するという方法で、そんな言葉を聞いたことがあるかもしれない。なるほど、確かに今、自分達が持っているもの と言えば支給された食料と水だけだ。それだけでは心細いだろう。 「なるほど。じゃ、なんか缶詰とか保存食とか、そういったものを探す必要があるってことだね」 「その通り。というわけでお前が呑気に寝ている間にちょいとこの家を漁らせてもらったんだが……」 上田が口をにごらせる。あまりいい結果は出せなかったらしい。 「一応、台所とか押入れとか探したんだけどな、地震の時の持ち出し用セットみたいなやつはなかったんだよ。もしか したらこの家の宿主が出て行くときにとりあえずそれだけ持って言ったのかもしれない」 「普通の食べ物はなかったの? 戸棚におせんべとか、そういうのは」 「あー、酷い酷い。電気が止められているから冷蔵庫の中なんて臭くてたまらなかったわ。スナック菓子とかあればよ かったんだけれどなー……あまりそういうのが好きじゃないらしい。ドロップスの空き缶がなんか放置してあったくら いだよ」 「……それは残念」 上田は、ふうとため息をつきつつソファに座りなおす。 「だからな、栄助。移動しようとか、考えているんだが」 「移動?」 せっかく大きな音を立ててまでこの家に潜入したというのに、なんともまぁあっさりと捨てるときたものだ。 「てことは、やっぱり食料の確保が必要だー、てことなんでしょ?」 「そそ。いや、それよりも水源の確保をしたいかな、と思ってさ」 あぁ、なるほど。水か。確かに水さえあれば人間は一週間は生きることが出来るというな。塩があればもっと長生き できるって聞いたこともある。 「で、具体的にはどこにいくつもり? まさか手当たり次第目に付いた家に潜り込むってわけにもいかんでしょ」 「大丈夫、目星はつけてある。ここだよ」 そう言うと、いつの間にか机の上に広げられていた地図に上田が指差す。その先には、十字架のマークがあった。 なるほど、病院というわけだ。ここなら非常食はたっぷりとあるだろう。非常用水も確保してあるに違いない。まぁ、そ れはそうなのだけれども……。 「まぁ、こっから近いから移動はしやすいだろうけれど……」 「なんだ栄助。不満がありそうだな」 「いや、ここはさすがに誰かいるでしょ」 病院はエリアC=2に位置している。あまり規模は大きくないが、それでも周りの民家に比べれば充分に大きな建物 だ。それだけ目立つということは、既に他のクラスメイトが潜伏している可能性も十分にあるということだ。もしもそれ がやる気満々な危ない奴だったとしたら。 「……それならそれで構わない」 「おいおい」 思わず突っ込んでしまった僕に、上田は呆れ顔をする。 「マイナス思考だなー栄助。お前、本当にクラス全員がこの殺し合いに積極的になると思っているのか? 浜田も言 ってたけどさ、多くても俺の予想だと十人がいいとこだ。下手したら五人くらいかもしれない。残りはうちらみたいに、 死にたくないなーってなぁなぁな考えをもつ奴らばかりなんだよ」 「そんなもんかね」 「それに……もし病院に舞がいたと考えれば、それはそれでラッキーだろ。試さない手は無い」 そうだった。上田は、本心では彼女である角元舞(女子11番)に会いたいのだ。誰かがいそうな場所に行く。その 誰かがマイである確率は今のところ3パーセント。確率論で行けば無謀な数値だ。だが、このまま手をこまねいてい るよりはずっと効率的だろう。 なるほど。つまりは、そういうことだ。 「……そうだね。それなら、行く価値は大アリだね。ちょうど夜で辺りも暗いし、日が昇る前に移動したほうがいいかも しれないね」 「そうと決まれば行くぞ。栄助、急いで準備しろ」 「へーい」 自分達が生き残る確率は、3パーセントもない。 なら、いつか殺されるまでじっとしているよりも、死ぬそのときまでなにかをしていたい。 上田に、ついていきたい。 それが、僕の。僕なりの、スタンスだった。
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