夢で見たような、漆黒の闇。 外に出ると、まさしくその光景が、広がっていた。 「うわー……まじ暗い。なにも見えない」 僕はそう呟く。いつの間にか雨はやんでいたけれど、それでもまだ雲は厚いらしい。微かに月明かりのようなもの が、分厚い雲の層の向こう側にぼんやりとある。それだけだった。 「慌てるな。慣れてないだけだ、じき慣れる」 家の中も充分に暗かったけれど、外に出るとより一層闇だと感じる。だが、そんな中、場違いに光を発している建 物。それが、本部である中学校だった。その光源は、辛うじて建物の輪郭を映し出してくれていた。 「あー……なんとなく慣れてきた、かも」 「しっかし、本当に暗いな。こりゃいきなり襲われたりしてもわからんよ」 「うん、相手も見えないから、音さえ立てなきゃ案外平気なんじゃないかな」 岐阜は田舎というイメージがあるかもしれない。いや、実際そうなのだけれども、それでも自分達が住んでいる場所 は比較的明るい地区だったろう。夜だって外には電灯が点っていたし、本当の闇、なんてものを感じたことは、この方 一時もなかったのかもしれなかった。なるほど、これは貴重な経験だ。 この状態なら夜は奇襲には向いているだろうが、夜目に長けていなければとてもじゃないが襲うことも出来ない。そう 考えると、ある意味安全とも言えるかもしれなかった。 「で、目的の病院はどっちさ」 「安心しろ、この辺の地図は頭に叩き込んだつもりだ。とりあえず、舗装されている道沿いに歩けばある。栄助は俺の あとについてきてくれればいいや」 「それは助かるね」 栄助も、とりあえずは地図を覚えておいた。建物の輪郭しかわからない以上、エリアの境界線が曖昧な為危険では あったが、まだ試合も序盤。禁止エリアはそんなにはないのが救いだろうか。 上田が歩き始める。僕も後に続いた。二人ともスニーカーを履いていたので、靴音は大してしない。辺りは、静けさに 満ち溢れていた。誰かが近づいてきたら、すぐに物音でわかりそうな気もしたが、相手も恐らく音を立てることはしな いだろう。そう考えると、怖い。いきなり殺されるだなんて、まっぴらごめんだ。 と、前を歩く上田が唐突に立ち止まる気配を感じた。 「……どうしたの?」 「静かに」 上田は短く言うと、集中を始めたみたいだった。 僕も倣って、神経を研ぎ澄ます。 生暖かい風が吹き抜けた。 「……誰か、歌ってるな」 上田は、そっと言った。 なるほど、僕にも確かに聞こえた。風に乗って、微かなメロディが流れてきている。 「歌ってるわけじゃないね。これは、鼻歌だよ」 「鼻歌ぁ?」 哀愁のメロディ。簡単にそう言い表せそうな、物悲しい旋律が奏でられている。その鼻歌は、風に舞って、僕達の耳 へと届いているんだ。 しかし、いったい誰が。なぜ? 少しだけ、気になった。 「誰だろう、気になるね。呼んでるのかな」 「しかし殺し合いの真っ只中だぞ。そんな状況で歌うだなんて、俺には頭が変だとしか思えないんだが」 「もしかしたら、マイかもしんないよ?」 「……様子だけ、見るか」 上田は歌の聞こえてる方向へ、行き先を変える。 鼻歌だ。いくら辺りが静かだからといって、そんなに大きな音は出せないだろう。比較的近くにいるに違いない。 そこには、ちょっとした広場があった。 井戸端会議なんかが出来るようになっているんだろう、公園みたいな感じで、いくつかのベンチが置かれている。 その一つに、『そいつ』は座っていた。 「あいつは……」 「……ー♪」 悲しげな、鼻歌。 中嶋豊(男子14番)が、闇の中に、ポツンといた。
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