伊出茜。 少しだけぽっちゃりとしていて、いつも男女関係無くつるんではケタケタと笑っている印象が強い。だけど、それだけ。 明美は残念ながら、そこまで親しい間柄でもなかった。どちらかといえば、彼氏の方が彼女とは親しかったような気も する。 そんな彼女が、その手に持った銃で都を撃った。吹き飛ばされた都はというと、少しだけ離れたところで蹲りながら も、うぅと呻いている。どうやらまだ、生きてはいるらしい。 「伊出さん……?」 「あっらー、明美じゃん。なに? 都に殺されかけてたみたいだけど」 軽い口調でそう切り返す茜。明美はどう返答すればよいのかわからず、口をパクパクさせることしか出来ない。彼女 が、わからなかった。まるでそれが、いつもと同じ印象だったからだ。目の前で変わり果てた形相を浮かべる都に比 べるのもアレだが、それでも違和感はぬぐいきれない。 「ぐぅ……」 都が、ゆっくりと立ち上がる。先程までのゆがんだ唇は、もうない。顔を引き攣らせて、茜を見つめている。そこに浮か び上がる、恐怖の二文字。都の足は、ガクガクと震えていた。 「あ、なに? まだやんの?」 茜が、再度銃を都へと向ける。ケタケタと笑う茜は、まるでおもちゃを扱うかのような動作をしていた。 「それよか、ここは逃げたほうが賢明だと思うけど、な」 茜の指先に、力が込められようとした瞬間、都が踵を返して駆けはじめた。何度か転びそうになりながらも、その速度 が衰えることも無く、ものの数秒でその姿は見えなくなる。あとに残された明美は、大きく息を吐くと、再び床に全身を 預けた。 ……助かった、のだろうか。 「ははは。おーい、明美。そんなとこで寝ると風邪ひくぞー」 「……なんで?」 「え?」 「どうして、助けたの」 明美は、首だけを横にして彼女を見上げる。そのままの姿勢で、手を額にやる。汗がにじみ出ていたのが、わかっ た。冷や汗だ。 「いや、てか。逆に聞くよ。助けて欲しくなかったの?」 茜は、首をかしげた。よくわからないらしい。 「それは……伊出さんが助けてくれなかったら、多分死んでた……とは思うし。助けてくれてとても嬉しいよ。だけどさ ……」 「はぁ」 「これ、殺し合いなんだよ? 最後の一人になるまで、戦うんだよ? だからさ、伊出さんも敵なの。わかる? 当然 伊出さんにとっても目の前にいる人間は敵。わかるでしょ?」 茜は、首筋をポリポリとかく。なんとも気だるげだ。 「んー……わっかんないけどさぁ。敵とか、敵じゃないとか、そんなのは別にどうでもいいかな。ただ、明美があんまり にもうるさく喚いてたから、見るに見かねて。だから、助けたの」 「助けた相手に殺されるかもしんない。そういう状況なんだよ?」 「いや、でも。別に明美はまだあたしを殺そうとしてないし。それに明美なら大丈夫っしょ」 大丈夫? こんなにも、殺し合いを恐れているのに。一歩間違えたら、自分だって殺す側にまわるかもしれないのに。 なんでこの女は、そんなことを考えられるのだろう。 明美は、茜がわからなかった。どうして、こんなに楽観的でいられるのか、理解できなかった。 「わっかんないって顔してるね。ま、いっか。それならそれでも構わないけどさ」 「一歩間違えたら由井さんだって死んでた。なのに、伊出さんは平気で引き金を引いた。ねぇ、教えてよ。伊出さん は、どっちかというと殺す側の人間じゃないの?」 茜が、ピクッと眉をひそめる。だけど、すぐに表情を戻した。そして、握っていた銃を差し出す。 「あーあ、明美も騙されたー。これね、銃は銃だけど人殺し用じゃないの。ほら、よくニュースとかでやってるじゃない。 犯人捕獲用の銃みたいな奴の一種でさ。弾はゴムなの。だから死なない」 ゴムガン。そういえば聞いたことがある。衝撃が凄く、当たり所が悪ければ脳震盪を起こすくらい衝撃性が強いが、そ れ単体では決して人を殺すことは無い。まぁ、威嚇にはもってこいの武器なんだろう。なるほど、だから茜も容赦なく 引き金を引けたのだ。 「あたしはあたしの好きなようにやる。明美も明美の好きなようにすればいい。それでいいんでしょ?」 「……まぁ、そうなるよね。ごめん、変なこと聞いて」 「あーあ、なんだか眠りを妨げられたからなぁ。あたしゃ戻って寝ることにするよ」 そういうと、茜は大きなあくびをした。そして、元来た方向へと去っていこうとする。 だけど、明美はその一言を逃さなかった。 「待って。今、なんて言った?」 「んー? 戻って寝ると言ったつもりだが」 「戻るってどこに? 寝るってどこで?!」 つい、語気を強めてしまった。茜が、少しだけ驚いたような顔をしている。 「あ、いや……すぐそこの家で」 「家? 家の中に入れるの? ねぇ、ベッドある?!」 「あはー……一応ツインだったから、空きはあるけど……」 「連れてってください」 やっと、寝られる。やっと、眠ることが出来る。 彼女についていかない理由は、ない。 「え? あ、うん……あぁ、一緒に? あたしは構わないけど」 「やった! ありがとう! あ、そうだ、ついでに助けてくれてありがとう!」 「おぅよ。……ついでってなんだよ」 明美の頭の中には、もう睡眠しかなかった。 時刻は午前二時。いつもなら、ぐっすりと夢を見ている頃である。
|