佐藤梓。彼女とはよく一緒に買い物をしたものだ。 最初は偶然。道端でばったりと会って、たまたま行き先が同じで、一緒にスーパーで買い物して。 「今度さ、二人で自分達だけの買い物しない?」 「あ、うん。いーねぇ。じゃ、次の休みにでもショッピングしてみよっか」 以来、意気投合して、学校でもよく話す仲になった。 買い物といっても、二人とも中学生だし、お小遣いだってすずめの涙だ。ほとんどは窓越しに商品を眺めていたり、雑 貨屋でバラエティグッズを見ては二人で笑いあったりしたくらい。本当に買い物をしたことは、さて、どれだけあっただ ろうか。 だけど、それは貴重な時間だった。私は私で部活動が忙しくて、部員以外との面子ではそうそう話すこともなかった し、そんな中、梓だけは別格だった。放課後、部活がないとき、よく一緒に遊んだりしたものだった。 「ねぇ、みてみて美っちゃん。あのぬいぐるみ可愛いね!」 「あ、ほんと。うちのベッドに置きたいやぁ。値段は……うっわ、高っ! 見るだけならタダだかんねぇ」 「なーんかさ。もっと良くて安いものがあるかどうかが気になって、なかなか手ぇ出せないよね」 楽しかった。かけがえのない、日常の風景だった。そう、それは、最高の親友。 三年生になったときも、一緒になれてよかったねって、二人で一緒に笑いあっていたんだよ。 「梓……」 「……美っちゃん」 そりゃあ、油断もする。まさか、向こうがにっこりと笑いかけてきて、それでいてこちらがヌンチャクを振り下ろそうもの なら間違いなく私は鬼だ。十人に聞いたら十一人がそう答えるね。 ……そう。鬼は、梓だった。 突然、梓が右手を持ち上げた。いつもと同じ笑顔のまま、その手に握る拳銃、コルトガバメントをぶっ放してきた。次 の瞬間、無意識に左腕が持ち上がる。焼けるような痛みが襲い掛かってきたのは、まもなくのことだった。 「く……あっ!」 「よかった、美っちゃん。会えて、嬉しいよ」 「梓ぁ……!」 左二の腕から、血がトロトロと流れ出ているのがわかる。袖が、紅く染みていく。これだけ晴れ上がった空の下、その 色は、鮮やかとしか言えなかった。 梓は、屈託の無い笑顔を見せた。 「美っちゃん。殺すね」 美っちゃん、これ可愛いね。そんな軽いノリで紡ぎだされた声は、なんとも恐ろしい言葉。 信じられなかった。いや、信じた自分がバカだったんだ。これはプログラム、これは殺し合い。クラスメイト全員が敵。 信じちゃ、いけなかったんだ。 「美っちゃん、ありがとう。大好きだったよ」 うるさい。礼なんか言うな。お前なんか、お前なんか。 お前なんか、親友でもなんでもない。お前は、ただの鬼だ。 「……この鬼」 「え?」 「この鬼がぁぁっ!!」 それは、がむしゃら。それは、やけ。 私はヌンチャクを思い切り振りかぶって、梓に向けて投げつけた。意外にも遠心力が作用して、それはまっすぐに梓 の方へと向かっていく。そして……クリーンヒット。 「きゃあ!」 顔面に綺麗に決まったその一撃は、梓を沈めるのに十分すぎるほどの破壊力だった。間髪いれずに、私は傍へと駆 け寄る。土の上に横たわり、うめき声をあげる梓。私は傍に転がっているヌンチャクを再度持ち上げる。 「こ……このっ!」 梓が再度銃を私に差し向けたけど、私はひるまなかった。 もう、『この』梓に未練は無い。私は迷うことなく、一気にヌンチャクを振り落とした。鈍い音と共に、何かが砕ける感 触。頭を思いっきり殴ったのだ。相当なダメージのはず。 そう、これは正当防衛なんだ。 だから、許される。私のせいじゃない。全部、梓が悪いんだから。 「この鬼! 悪魔!」 何度も、何度も何度も何度も。私は梓を叩きつける。そのたびに梓の体が揺れる。だけど、梓は死んでくれなかった。 やっぱりダメだ。ヌンチャクなんかじゃ殺せないんだ。だったら。 私は、梓がぎゅっと握り締めるコルトガバメントをはぎとろうとする。だが、梓は必死に抵抗した。力がすっかり抜け落 ちた、なにも怖くない抵抗。ただ、嫌だという感情だけが、私を攻撃してくる。でも、そんなものはもう通用しない。『こ の』梓は鬼なのだから。私の親友では、ないのだから。 「あぁぁあああっ!」 泣き喚く梓に向けて、私は銃を構える。何度も殴打した頭部に向けて、銃を構える。 「……さよなら」 そして、一発の銃声。 こうして、私の正当防衛は、終わりを告げた。 私はへたりこんだ。 左腕が麻痺してきている。じくじくとした鈍い痛みが、なくなってきている。 血を失いすぎたのかもしれない。体が、熱い。気分が、悪い。 ……私は、悪くない。悪いのは、全部梓なんだ。 ……ダメだ、寝ちゃダメだ。 だけど……ダメだ、意識が……朦朧と……。 私はまだ死なない。 これは……ただ、休むだけだ。戦士に与えられた、休息なんだ。 荒山美津子は、木の幹にもたれかかった。 そして、意識を、失った。 【残り31人】
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