０５８

　土門英幸（男子１２番）は、顔を上げた。
　誰かが、耳障りな声で喚いている。とても、鬱陶しい。消し去って、しまいたい。

　佐原夏海（女子７番）を殺害してから、英幸はゆっくりと木陰に身を潜めて休息をとっていた。人を殺すのには、やは
り相当な体力と精神力を消耗してしまうらしい。開始から立て続けに３人も殺してしまったので、そろそろ手を緩めな
いと、本気で気が狂ってしまいそうなくらいだった。あのときの俺はどうかしていた。今、自分が冷静になっているから
こそわかる。
あのときの俺は、ただがむしゃらに動き回っていた。４２人もいるクラスだ。恐らくまだ２日、３日はかかるに違いない。
そんなに無理をして俺が戦わなくたっていいじゃないか。まずはゆっくりと休んで、体力を温存したほうがいいに決ま
っている。雨の中無駄に動き回る必要なんか、なかったんだ。
幸いにも、仁科明日香（女子１２番）の殺害を目撃した寺井晴信（男子１１番）は死んだ。あいつが漏らしていない限
り、誰も俺がやる気になっていることは知らない。まぁ、別に知られていても構わなかったのだけれど、最初から相手
に警戒心を与えたら負けだと思うんだ。
今、手元にある武器は仁科明日香のものだった折畳式ナイフだけ。流石にもう少しきちんとした武器が欲しい。後半
戦に突入してからで構わない。適当な民家にでも潜入して、なにか武器みたいなものを手に入れよう。人数が多いう
ちは、極力動かないほうが安全だ。
俺の標的はあと二人。仙道美香（女子８番）と目黒幸美（女子１７番）の二人。どういった行動をしているのかはわか
らないが、仙道はともかく目黒は大丈夫だろう。あいつは一人ではなにも出来ない、口だけの女だからな。まずは、
恐らくは張り切って殺し合いに乗っているであろう仙道を見つけ次第殺す。ちょうど天気もよくなってきたし、体を少し
は動かしたほうがいいだろうと思い、俺は水田地帯、Ｃ＝７を移動していた。

　そこに響いてきた、耳障りな喚き声。その汚らしい罵声には、どこか聞き覚えがあった。いや、間違えるはずが無
い。そんな下品な女は、近本絵里奈（女子９番）のほかには一人しかいない。

「仙道……！」

視線の先で、女が咆えていた。
顔を血だらけにして、なにかを喚いている。あれでは見つけてくれと言っているようなものだ。頭が悪くてよかった。手
負いの奴を殺すのに、躊躇する必要はない。


　おら、消えろよ、このネクラが。

　てめぇ、なにじろじろ見てんだよ、気持ち悪ぃな。

　さっさと死んじまえ、目障りだ。


　なんならあたしがあんたを殺してやろっか？　あはははは！


「……仙道」

殺してやる。殺してやる。殺してやる。
荷物を、地面にどさりと落とす。乱暴に、落とす。そして俺は、刃を露わにして、ナイフをしっかりと握る。そして、一気
に突っ込んだ。

　殺してやる！

「雑魚がうっせぇんだよ！」

ガキンと、心地よい音が鳴り響いた。次の瞬間、腹部に重たい一撃を食らってしまい、そのまま尻餅をついてしまう。
胃の中からこみ上げてくるものがあったが、慌てて飲み込んだ。
ナイフは……あぁ、大丈夫。まだ持ってる。まだ次の一撃がある。だけど……体が動かない。

「なんだ、土門か。てめぇにゃ興味ねぇんだよ。うぜぇからさっさと死ね」

仙道は金属バットを握っていた。どうやらあれが仙道に支給された武器らしい。鈍器としては充分な殺傷能力を誇る
金属バッド。あぁ、心なしかなんか使いこなせているように感じるのは気のせいだろうか。

「ぐっ！　がっ！　ゲホッゲホッ！」

苦しかった。思えば初めての、ダメージだった。仁科も、近本も、そして佐原も。全員俺は抵抗できない状態で殺害し
てきた。いわば漁夫の利みたいなもんだ。戦闘らしい戦闘は、初めてだった。
もう少し考えればよかった。感情に任せずに、確実に殺す方法を少しでも考えればよかった。

　ふざけるな。早く動け。早く動かないと。
　折角の、こいつを殺すチャンスなんだぞ。

「……殺す」

でも、そんなの関係ない。痛いとか、そんなものはもういらない。
俺は最初から、お前を殺すためだけに行動してきた。今までに受けてきた雪辱を晴らすためだけに、行動してきた。
そして、まだ俺には殺さなければならない奴らがいる。お前ごときに、俺が殺されるはずないんだ。

「……殺してやる！」

「ほぉ、また随分と生意気こくじゃないか、ボーヤ」

仙道は、油断していた。完全に俺のことを、格下だと思い込んでいる。
だから、目をこすったんだろう。左目を覆う血だまりが、気に入らなかったんだろう。

　俺は、その一瞬を、逃さなかった。

折畳式ナイフを構えたまま、一気に体当たりをした。確かに、腹部に刃物が刺さる感触がした。突然の俺の行動に、
そしてその衝撃に、仙道の目は見開いていた。

「……てめぇ……？！」

仙道から力が抜け落ちる。そのまま体当たりをして、仙道に俺は覆いかぶさった。金属バットを握る腕に思い切り噛
み付いた。悲鳴を上げて、仙道が暴れる。何発も拳が顔に当たったけど、関係なかった。仙道が金属バットを手放し
た。俺はそれを確認してから、ナイフを腹から引き抜く。仙道の顔が、苦痛にゆがむ。
そして、俺は。刺した。仙道の腹を、また刺した。引き抜いて、また刺した。また刺した。刺した。刺した。刺した。

「……死ね！　死ねっ！　死ねぇ！　死ねぇぇ！！」

感情的で構わないじゃないか。あれほどまでに、俺はこいつを殺したかったんだから。
刺せば刺すほど、俺があの苦痛の日々から解放されるのがわかる。やっと、楽になれるんだとわかる。

　気がつけば、仙道は抵抗をやめていた。虚ろな目を、ただ黙ってこちらに向けている。

「テメェ、なにじろじろ見てんだよ」

　俺は、そんな奴の死体に向けて呟く。そして、そこに転がっていた金属バットを拾い上げ、死体を思い切りぶったた
いた。もう、二度と俺に罵声を浴びせることもない。二度と俺をぶん殴ることだってない。そう考えると、とても楽しくな
ってきて。

「ひゃっはははは！　ザマミロってんだ！！」

　そうだよな。
　少しくらいは、感情的になったって……構わないよな。

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