須藤元(男子9番)は、立ちあがった。 ぐんと背伸びをして、グロックM19をゆっくりと構えてみる。 ……よし、今日も絶好調! そしてにんまりと笑うと、再び腰を下ろして、柔軟体操を始めた。 須藤元は、このクラスの中では最も楽観主義者だったといっても過言ではない。何事に対してもなんとかなる、の一 言で済ませ、実際本当にどうにかしてしまう、隠れた才能を持っていた。面倒なことが大嫌いだから、一番効率の良 い方法をまずはじっくりと考える。そして、何事に対しても自らに目標を課す。それはタイムアタックであったり、はたま た競争であったりと様々だったが、まぁ総じて彼は毎日を楽しんでいたことに変わりは無い。 それはこのプログラムにおいても同じだった。これは殺し合い。流石に自ら進んで元気良くクラスメイトを殺そうとは考 えられなかった。そんなことより、彼は気楽に生きることを選んだ。これまでの自分と変わらず、相変わらず元気に毎 日を過ごそうと決めた。 たとえどんなに絶望的でも、彼は自分のペースを保とうとした。この戦いで、死んでしまうかもしれない。いや、間違い なく死ぬ。クラスメイトに、殺される。その絶望的な未来を想像しても、まぁ、なんとかなる。そう思って、信じようと心が けた。 この雰囲気に、のまれたくはない。最後まで、自分で在り続けたい。だから、彼は平気なふりをした。どんなに怖くて も、自分だけは余裕だと、そう見せ付けてやった。 浜田篤(男子18番)と決定的に違うのは、まずは体系。浜田に比べて、自分は体格が一回りもでかい。おまけに、あ まりいい顔をしているとも言えなかった。一見では、強面に見られてしまう。このクラスでも外見で判断されて、なかな か友人が出来ない。そんなこともあったような気がした。 まぁ、構わない。自分は浜田篤ではない。あいつみたいに、こっそりと気苦労を重ねているわけでもない。自分は楽し く過ごしている。そう思えるだけで充分じゃないか。 ……よし、柔軟おしまい! 一通り体操を終えて、彼は立ち上がる。太陽がちりちりとまぶしい。そういえば、風呂にも入らないで外をふらつい ているのだから、そろそろ体が臭ってきてしまっているかもしれない。なにか、体を水ぶきとかしないと、不衛生で 後々とんでもないことになるかもしれない。いつ死んでも構わないように、きちんと体の処理くらいはしておかないとい けないよな。返ってきた息子が汚れだらけだったら、それこそ両親みじめだし。 水……はもう結構飲んじまったしな。そういえばタオルもハンカチくらいしかねぇや。どっかで補給しないと……どっか にねぇかな。 彼は地図を取り出して、うんうんとうなり始める。そして、十字架のシンボルを見つけ出す。 ……病院、か。 病院なら、保存食も非常用の飲み水もたっぷりとあるだろう。清潔なタオルやらなんやらも色々と備え付けられてい るに違いない。もちろん、既に誰かが潜んでいる可能性だってないわけじゃない。 でもまぁ、なんとかなるだろう。誰かがいたら、仲間にしてもらおう。タオルと水も、分けてもらおう。ついでにそろそろ 昼だから、おいしいものを作っているなら分けてもらおう。病院なんかに立てこもっている奴に、悪いのはそういないは ずだし。 そうすんなりと決めると、彼は歩き始める。禁止エリアが増えてきて、大分動きにくくなったとはいえ、まだ商店街の ある住宅街は指定されてはいない。補給するなら、やはり今のうちがベストだろう。昼の放送で真っ先に指定されて しまうとも限らないのだから。 そう思って歩き始めて、十分。誰かの鼻歌が、風に乗って流れてきた。 誰だろう。そう思って、風に誘われるようにその歌声の主を探す。この曲はなんだったろう。なにか、音楽の授業かな にかで聞いたような気がする。そうだ、なんとか行進曲だ。 「………おぉ」 うまい。かなり、上手だ。ますます誰なのか気になって、歩みを進める。そして現れたのは、道端に座り込んでいる、 小柄な男の姿。中嶋豊(男子14番)だった。 手元には、それが武器なのだろう、手斧らしきものが見える。それから、左肩口は赤くにじんでいる。恐らく、既に誰 かと交戦しているのだろう。痛そうだった。まぁ、死んでいないのだからマシだといえる。 中嶋の目はうつろで、視線が定まっていない。まさか無意識のうちに鼻歌を? どちらにしろ関わっちゃいけない奴なのかもしれない。触らぬ神になんとやら。といえば聞こえはいいのだけれども。 なぜか、とても気になる。理由はわからない。だけど、いつかこいつとは語り合わなくちゃならない。そんな気がしてき た。まぁ、それが今じゃないってのも確かだ。悪いけど俺は襲われない限りはこの拳銃の引き金を引くつもりはない。 奇襲かけて殺しても、あまり楽しいとはいえないだろうしな。どうせやるなら正々堂々とやりたいな。 中嶋の歌を数分楽しんだところで、俺はその場を離れる。まぁ、辺りに人の気配はしない。誰かが歌っているこいつ を殺すって可能性は否定できなかったが、まぁ近くに誰もいないからいいんだろう。さて、とりあえず俺は病院へ急が なくちゃならない。 彼はそそくさと立ち上がると、腋の下の臭いをくんくんと嗅いでみる。やはり、臭い。つんとした臭いがそこから充満し てきている。こいつは大変だ。いくらなんでも汚い。そうだ、ついでに服も着替えよう。病院なら楽なカッコのものがあ るに違いない。 さて、そういうわけで。 彼がその古い木造二階建ての病院を見てげんなりとするのは、放送が鳴った時のことだった。
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