第四章 最後の一組 − 12


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『稲葉先生は、死にました』


 C=4、一軒家内。

「……なんだって?」

 高松昭平(男子五番)が、一番最初に言葉を発した。

『皆さんも異変に気が付いているようですが、実は昨晩の放送の途中、稲葉先生と私との間でトラブルが発生しまし
た。その結果、稲葉先生は、死にました』

「そうか……やっぱりあの銃声は……」

 大原祐介(男子二番)が、そう洩らした。私の考えも、彼と似たような部分があった。昨晩、午後六時の放送時に、
突然稲葉がわけのわからないことを言い出して、直後に銃声が聞こえたこと。そのままよくはわからないが銃撃戦に
なったらしく、そして、放送が中断してしまったこと。最後に、誰か男の声で、『頑張って殺しあってくれ』と突然言われ
たこと。そして、それで放送が終わってしまったこと。
これらを総合して指し示すものは、本部で何か異常があったと考えるしかない。何か、事件が発生したのだ。それが
一体何なのか気になったものの、今私達は殺し合いを強制されているのだ。そちらの都合なんかを考えている場合
ではなかった。
その午後六時の放送で、新たに杉本高志(男子四番)と都築優子(女子四番)、そして矢島依子(女子六番)の名前
が呼ばれた。高松達の話によれば、杉本と都築の二人はやる気になっていたらしい。突然、二人に襲われたという
のだ。だから私もその二人には注意していたのだが、どうやらその必要はもうなくなったようだ。さらに、あらかじめ誰
かを殺していることがわかっていて警戒していた筈の矢島も、既にこのゲームから退場してしまった。何があったのか
はわからないが、矢島は既にこの会場から消えてしまったのだ。
さらに高松達の話によると、私達以外に生き残っている残り二人、即ち平山正志(男子七番)と吉村美香(女子七番)
はやる気でないことがわかっているらしい。なんと高松昭平、そしてそのペアの前田綾香(女子五番)は二人と話して
きたというのだ。となると、既にこの会場内にやる気になっている生徒はいないことになる。

 完璧に誤算だった。私の計画では、誰かやる気になっている生徒が必ずいるものだと前提にしていたのだ。だが、
現時点ではそのような生徒は既に存在していない。どうすればいいのかはわからなかったが、とりあえず作戦を練る
ことにした。次の放送まで、男子二人が寝ることとなった。その間に私は色々と作戦を練ったものの、どうすればいい
のか、結論は出なかった。
そうこうしているうちに、深夜零時の放送が始まってしまった。先ほどの男と同じ声。一体何が起きたのかは一切伝
えず、ただ誰も死んでいないことと、新たに追加される三箇所の禁止エリアが言い渡されたのみで、本当に知りたい
情報はなかった。
そして、同時に重要なこともわかった。私達がここにいる以上、誰も死なないということだ。会場が狭いから多分その
ようなことはないと思うのだが、もし平山達が私達を見つけることが出来なかったら、規定通り24時間誰も死ななか
ったら、全員の首輪が爆発するのだ。
それだけは御免だった。だが、きっと平山達も安心しきっているに違いない。まさか、私達がやる気でないわけでない
ことに気付くはずがない。だから安心しきって何処かで寝ているのだろうし、少しその気になればこちらから大原の
知機を使って探し出すことも出来るのだ。
だが、生憎時間が来た。今度は朝の放送まで女子二人が寝ることとなった。すっかり疲労しきっている精神を休める
ため、私はそっと目を閉じた。案外眠気はあっさりと訪れた。この面子ならまさか寝首をかかれることはないだろう。
安心して、眠ることが出来た。
だが、今この朝の放送がなって起きたとき、ふと私は疑心暗鬼に駆られた。なんとなく、この面子が信用できなくなっ
ていた。何故だかわからない、嫌な夢でも見ていたのかもしれない。だが、不安は拭いきることなどできなかった。

『皆さんにとっては嬉しいことだと思います。もう、この男の為に戦う必要はありません。思う存分、今度こそプログラ
ムとして、殺しあっていただきたいです。そういうわけで、先ほどの放送と同じく、死亡者はありません』

 水島と名乗ったこの女性は、なんだか愁いを帯びていた。哀愁感の漂う声をしていた。やはり、稲葉が原因なのだ
ろうか。
本当ならこのままプログラムが強制的に終了しても良かったのだが、最悪の場合全員の首輪が爆発することにもな
りかねない。やはり、正々堂々と戦った方が、生き残る確率は高いようだ。

「稲葉、死んだんだね……なんか信じられないな」

 前田が、そう呟いた。

「うん……あの稲葉が、死んだなんて……ねぇ」

 続いて祐介が、そう言った。ちらりと私の方を見たが、私は無表情のままでいた。運命共同体である筈のペアも、な
んだか私には信頼できなかった。

『それでは、禁止エリアを発表します。午前七時から、エリアC=1。九時からエリアB=2。そして十一時からエリア
D=3が禁止エリアに指定されます』

 必死にメモ書きをしたものの、内容は正直あまり頭には入っていなかった。なんとなく、もう必要無さそうな気がした
からだ。

『皆さんも知っていると思いますが、このプログラムにはタイムリミットがあります。24時間誰も死ななかったら、全員
の首輪が爆発するというルール、覚えてますよね? 現在、残り時間はあと十時間程度です。そろそろ、自分の命の
事、考えてみて下さいね。それでは、放送を終了致します』

「あと、十時間か……」

大原が、そう呟いた。その真意が、果たしてただ本当に呟いただけなのか、それとも意識して、仲間を裏切ろうとして
そう呟いてしまったのか、それはわからない。少なくとも、今の私にはわからなかった。
一体、私は誰を信じれば良いのだろうか。やはり、私が稲葉に殺されそうになった時に助けてくれた大原を信用する
べきなのか。いや、そもそも誰も信用してはいけないのではないか、それがたとえ運命共同体の大原であっても。
そうとなると、もう行動に移すしかない。それも、確実にこの場にいる全員が私から注意を逸らした時にだ。杉本と都
築、そして矢島が死んだこの状況を考えると、少なくとも同士討ちのようには考えられない。恐らく、平山や吉村が、
どちらか一方を、もしくは両方とも始末しているのだ。これでやる気でないなどとよく言えたものだ。間違いなく、この
二人はやる気だとわかる筈なのに。
なのに、ここにいるクラスメイトはもう安心だとか言って、戦闘態勢を何も考えていない。確かに、高松達の話は事実
だろう。だが、所詮その時の出来事だ。未来がどうなるかなんて誰もわからない。誰もわからないから、人は未来に
希望を託すし、もう絶望しかないと思い込めば簡単に自殺だってする。わからないから、未来が怖い、死が怖いんだ。
そんなもの、わかってしまえば怖くはないのだ。

 さぁ、怖いものなんてなにもない。きっと、タイムリミットが近づけば、本当にやる気になっている奴は本性を表す。
その化けの皮が剥がれる時は、一体いつなのかはわからない。いつなのかわからないから怖いけれども、起こる確
率はほぼ確実なのだ。単にそれが早いか遅いかだけなのだ。

 そう、みんな、化けの皮を被って生きている。私も、普段は大人しい生徒で、実際には怖がり性だけれども、自分で
は結構論理性に長けていると思っている。次に誰がどんな行動を起こすのか、こういった状況の場合、人はどのよう
な反応を示すのか、そんなことを考えるのは容易いことだ。
だから、若本千夏(女子八番)だって、最後の最期に稲葉に本音をぶちまけて、殺されたのだ。彼女は私よりも大人
しいイメージを持つ生徒だったけれども、内心ではかなりの憎悪を稲葉に対して抱いていたに違いない。それも、自分
で気が付かないほどの、心の奥底に潜む冷たい感情に。
町田宏(男子八番)も、結局は生き残るためならどんな手段も用いなかった。まぁ、結果的にそれは仲間である筈の
平山に妨害されたわけなのだが。

 感情的になっていた部分も、後で冷静になって考えればだんだんと裏の出来事が見えてくるものだ。そういうことが
常にわかるようにならなければ、今の世の中、そう易々と行き抜くことは出来ないだろう。
だから、生き残る為に、今自分がするべきことは、決まっている。

 七番ペアと、戦闘を起こすのだ。そして、要領よく生き残る。簡単なことだ。高松は平山を信じているから殺せない。
同様に大原だって殺せない。だが平山は多分高松を殺そうと思えば殺せるし、高松が迎えに行ってくれるだろうから
私達が先に狙われる心配もない。前田も連動制度で死んで、後は私と大原が影から平山を殺せばおしまいだ。

 だから、すべきことは、七番ペアと戦闘になるきっかけを作ること。まずは、これだ。

「おい、探知機に反応が出たぞ」

 突然、大原がそう叫んだ。


 自然とその顔に、歪んだ笑みが浮かんだ。そう、それは栗田真帆(女子二番)自身、はっきりとわかるくらい――



   【残り6人】






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