曇天の隙間から、微かながらに陽光が垣間見えた。 地面に積もった白い雪が、キラリと輝き始める。 時刻は九時五分前。プログラムが始まって、初めての日差し。 あたしは、弾切れ状態のグロッグ33を握り締めて、辺りに耳を済ませながら歩いていた。おなかはペコペコだし、喉 もカラカラだ。だけど、食料や水の入ったデイパックはどこかに置きっ放しにしてきてしまった。今更それを失くした場 所に戻ったとしても、既に誰かに持ち去られてしまっているだろう。ましてや、そうやってのこのこと帰ってくるところを 狙うつもりなのかもしれない。あの俊敏にして明澄な転校生のことだ。それくらいのことを考えていても、おかしくない だろう。あいつの目的は、恐らくクラスメイト全員の皆殺し。なにか恨みがあるというわけではないだろう。だが、優勝 するためならば、どのような手も辞さないと思えた。 あいつを殺す為には、今の武器じゃいけない。もっともっと、強力な武器を入れないと。どんな手を使ってでも、武器を 手に入れないと。 仲間なんか要らない。武器が欲しい。……できれば、食料も欲しい。 今あたしが歩いているのは、会場の西に位置する広場だ。自然公園と銘打ってあるものの、実際はただの芝生にポ ツポツとベンチが置かれているだけだ。東の住宅街とはまた違った印象があるが、この山村の廃れ具合を考えると、 ここももとからそう賑わっていたようには感じられなかった。 周囲は茂みで覆われている。誰かが、もしかしたら隠れているかもしれない。既に残りは十三人、もとの半分程度に なってしまった。東部から北部にかけては大方探索しつくしている。あとは、西部から南部にかけてを探索すれば、ま だ生き残っているクラスメイトに会うことが出来るかもしれなかった。 その時だ。 微かに、傍の茂みが揺れたように感じた。風ではなく、明らかに不自然な揺れ。 「……誰だ」 あたしはグロッグをそちらに向けて構える。弾は入っていない。むしろ今襲われたら確実に命が危ない。だが、それは こちらが既に弾切れであることがばれた時だ。それまでは、この銃が本当に銃として扱われている限りは、あたしは 死なない。それは、確実だった。 案の定、あたしがそちらに銃を向けたのに気付いたのだろう。明らかな動揺と共に、茂みが大きく揺れた。あたしはそ の音を聞くや否や、真っ先に動き出して、茂みへと飛び込んだ。そして、そこにいる人物に向けて、銃を構える。その 人物は、ひっ、と軽く叫びそうになるが、手元の銃口が自身に向いていることに気付き、両手で口を覆っていた。 「おやおや……誰かと思えば」 中峰美加(女子九番)だった。 バスケ部のマネージャー、このクラスの女子の中では最も背が高く、また運動神経も抜群の女子。同じくマネージャ ーの城間亜紀(女子六番)とも大変仲がよく、この二人はよく一緒にいた記憶がある。そういえば、城間はバスケ部 元キャプテンの菅井高志(男子七番)と一緒に行動していたんだっけか。仲間に入れたいクラスメイトに含まれていた んだっけな。おめでたいことで。 「か……柏木さ……!」 「喋るな。あたしは無駄に殺したくはないんだ。いいから黙れ」 勝手に口を開いた中峰を、あたしは制する。中峰はびくんと肩を震わせて、口をパクパクとしていた。その眼は、恐怖 に怯えていた。銃口を突きつけられるなんて経験、初めてなのだろう。次の瞬間には死んでいるかもしれない、それ がよくわからない恐怖感を植えつけているのだ。 本当なら……もし実弾が込められていたのなら迷わずにあたしは中峰を撃ち殺していただろう。だけど、それが出来 ないから。あたしはこんなはったりしかかませないのだ。とても歯痒い。 「いいか。あたしはいつでもあんたを殺せる。それだけは忘れるな」 コクコクと、中峰は頷いた。その傍には、彼女のものと思しきデイパックが無造作に放り出されていた。なんだ、こんな ところで彼女は待機していたのか。いったい、どうしてこんな辺鄙な場所で。 「とりあえず両手を上げろ。……それがあんたのバッグか?」 素直に両手を上げる中峰。あたしは彼女の返事も待たずに、そのデイパックを手元へと引き寄せた。そして、彼女が 飛び掛ってこないように拳銃で牽制しながら、ごそごそと中身を確認する。そこに安置されている水入りのペットボト ルが非常に魅力的だったが、今は我慢だ。 しかし、いくら中身を漁っても、武器らしきものは出てこなかった。 「おい、武器はどうした? まさか身に着けているのか?」 コクンと、頷く中峰。 「あー……別にいいよ、喋って。なにを支給されたんだい?」 「……クラッカー、ボール」 そういって、中峰はポケットをちょいちょいと指差した。あたしはそいつを確認しようと思って近付こうとして……はっと 気付いてやめた。そんな近距離では、たとえ実弾が込められている拳銃でも撃つことは出来ない。体格差のあるあ たしと彼女が密着したら、関節技でも決められてしまうのがオチだ。 危ない危ない。危うく彼女の策略にはめられるところだった。ちくしょう、この女……侮れない。 しかし、クラッカーボール……早い話が炸裂弾か。そんなものも支給されているなんて、政府の連中のユーモアセン スにはほとほとうんざりだ。しかし、わざわざ嘘をつくにしてもこんな武器名は出てこないだろう。炸裂弾が支給された というのは、嘘ではなさそうだ。 「いいよ、あんたが嘘をついてないのはわかるから。さて……」 なら、たいした武器を持っていない彼女に最早用はない。かといって、彼女をタイマンで殺せるとも思えなかった。ここ は大人しく食料だけ奪って逃げるのが、得策だろう。 あたしはデイパックを担ぎ上げると、銃口は相変わらず中峰に向けたまま、言った。 「あたしはなるべく人殺しはしたくない。だけど、悪いけどこいつ、貰ってくね」 「……柏木さん。あなた、武器を探しているの?」 そのまま去ろうとした刹那に、中峰が割り込んできた。喋るなと言ったはずなのに、この女。 あたしは銃口を握る力を強めた。少しだけ彼女はたじろいだが、続けた。 「なら、強い武器を持ってる子、教えたげる」 「……なにがおかしい」 彼女は、笑っていた。そして、ポケットの中から袋を取り出すと、それを顔の前でひらひらとさせている。 その中には大粒の赤玉が幾つか入っていた。恐らくこれが、炸裂弾なのだろう。 「これ、あたしの武器ね。クラッカーボール」 彼女は、笑っていた。そして、あたしはようやく気がついた。 その一連の動作に紛れて、背後から人の気配がすることに。それも、非常にさりげなくだ。 「そして、それがユーヤの武器」 あたしは、はっとして振り向く。斜め後に、その人物は立っていた。 そして、その手に握られているのは。 ぱぱぱぱぱ。 「……さよなら、柏木さん」 成海佑也(男子九番)。 クラスでも群を抜いた優等生。学力も優秀で、人望も厚く、それでいて温厚な性格をしていた彼。その手に握られた 短機関銃、ステアーTMPから放たれた銃弾は、簡単にあたしの体を引きちぎった。耐え切れない程の焼け付く痛み があたしを襲ったような気がした。だが、それだけだった。 兄が麻薬の犠牲者だったから、あたしは麻薬常用者を許さなかった。 だからあたしは麻薬に手を染めてきたクラスメイト達を、己の正義の下に裁いてきた。 だけど、あたしが本当に望んでいたのはそうじゃなかったんだ。 あたしの願いは、ただ一つ。 ―― 生きたい。 柏木杏奈は、どさりと地面に倒れると、やがてその白い雪を紅く染め上げ始めた。 成海佑也はそれを見て、ステアーを地面に落とす。その手は、ガクガクと震えていた。 女子一番 柏木 杏奈 死亡 【残り12人】
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