成海佑也(男子九番)は、呆然と立ち尽くしていた。 目の前で崩れ落ちた華奢な体。その持ち主の魂は、いったい何処へ行ってしまったのだろうか。 ―― 僕が、殺した。 この手で。ステアーTMPの、引き金を絞って。 僕が、殺した。柏木杏奈(女子一番)を、殺した。殺してしまった。 「あ……あぁ……!」 手が、腕が、膝が、全身が震えていた。 こんなの、違う。想像していた以上に、僕は怯えていた。なによりも、つい昨日まで普通に喋りあっていたクラスメイト を、この手で殺してしまったという事実。プログラムという設定上、殺人を犯すことは必然の筈なのに。いつかは僕だ って誰かを殺してしまうことくらい、わかっていた筈なのに。そう、クラスメイトの命を奪うというその事象を、覚悟してい た筈なのに。なのに、こんなにも僕は怯えている。こんなにも僕は震えている。唇がわなわなと震える。 中峰美加(女子九番)が、そんな僕を不安げに見ていた。柏木杏奈の命をもぎ取ったマシンガンは僕の手から離れ て、今は白い雪の上に放置されている。それを、傍らをすり抜けた巨体ががしっと掴み取ると、震えている僕の手を 押さえつけるかのように、押し付けた。 「佑也。これはお前が大事に持っておけ」 そう言われて、彼―― 萩野亮太(男子十番)は手を放す。マシンガンは、僕の両の手にしっかりと抱えられていた。 その重みが、人の命を簡単に奪い取ってしまえるその武器の重みが、ずっしりとのしかかってくる。 「亮太……僕は……!」 「わかった。わかったから、もうそれ以上は言うな」 この思いを、すべてぶちまけてしまいたい。こんなのは嫌なんだ。僕はクラスメイトを殺したくなんかない。たとえそれ しか道がないのだとしても、僕は殺人だけはやりたくなかった。そのはずなのに。 どうして。いったいどうして? 「なんで……僕が殺らなきゃならないんだよ……」 「……それは佑也に託された武器だ。佑也の、役目だ」 マシンガンの重み。これ以上ないくらいの、当たり武器。それが、たまたま僕に支給されてしまった。たったそれだけ のこと。もしもやる気である人物がこのマシンガンを支給されたら、喜んでその人物は使うだろう。向かうところ、原則 として敵無しだ。きっと、優勝に向かって突き進むことが出来るだろう。 だけど、僕は素直に喜べなかった。こんなにも簡単に、人を殺してしまうことが出来るマシンガン。ナイフやロープなど が支給されていたら、余程のことがない限りは殺人だって躊躇う。僕は亮太や美加みたく、際立って運動神経がいい わけでもない。平均か、それ以下の小柄な男子生徒に過ぎない。村田修平(男子十二番)や菅井高志(男子七番) には、とても及ばない存在なんだ。だけど、そんな僕でも、マシンガンは充分に扱えた。 美加に支給された武器は癇癪玉。亮太に支給された武器は千枚通し。正直に言うと、殺人とは到底かけ離れた、は ずれ武器といえる。だから、僕は体格に恵まれている亮太に、マシンガンを渡そうとした。だけど、亮太はそれを拒否 した。今思えば、亮太だってこうなることを予想していたのではないか。 「それでも……」 そんなのは不公平だ。僕だけに当たり武器が支給されて、僕だけが殺人をするなんて、そんなのは不公平だ。どうし て僕だけが苦しい思いをしなきゃならないんだ。どうして僕だけが悲しい思いをしなきゃならないんだ。どうして、僕だ けが。どうして。 「ユーヤ、銃声が結構響いたから、ここから移動しよう」 美加が、淡々とした口調でそう言いながら、柏木杏奈に散らかされたデイパックの荷物をまとめていた。そして、彼女 の死体に近寄ると、その手からグロッグ33をもぎ取った。 「亮太君、はい」 「ほいよ」 そして、拳銃をひょいと投げると、それを背後にいた亮太が器用に受け取る。亮太はそれを丹念に調べていた。そう いえば、亮太は結構銃器類に関して詳しかったような気がする。兄が専守防衛軍に所属しているとかで、家には結 構な数の資料があるのだとか。前に家に行った際に、難しそうな本がぎっしり詰まった書斎を見せてもらったことがあ るのを思い出した。あぁ、そういえばマシンガンのセッティングとかも亮太がやってくれたんだっけ。 「なんだ。柏木の奴、弾が一つも入っていない状態で脅してやがったのか」 その言葉を聞いて、僕ははっとした。彼女は、弾切れの状態で美加を脅していたのか。いったい、何のために。 考えられる理由はいくつかある。まずは、彼女がやる気で、この拳銃も彼女に支給されたもので、同様に支給された 全ての弾を使い果たしてしまったということ。次に、誰かに襲われて、デイパックを奪われてしまい、武器一つで逃げ てきたということ。そういえば、彼女はデイパックを持っていなかった。こちらの方が信憑性は高い。そして、最後の仮 説。彼女は既に誰かを殺し、または襲い、拳銃だけを奪い取ったというもの。有力なこの仮説の裏づけとして、出発地 点で殺されていた三人の死体が挙げられる。彼女より先に出発した山本真理(女子十二番)はまだしも、彼女の直 後に出発した河原雄輝(男子二番)、その次に出発した北村晴香(女子二番)の死体。順番的に考えて、この二人は 柏木杏奈が殺した可能性が非常に高い。そのどちらか一方がこの拳銃を支給されていた場合を考えてみても、なか なか可能性は高いのではないか。実際、死体検証で北村晴香は銃で殺されていた。その時は、まさか僕自身が死 体を作る側に廻ってしまうとは到底考えられなかったのだけれども。 とにかく、武器を持っていたとはいえ、彼女には美加を殺す意思はもしかしたらなかったのかもしれない。武器を奪う だけ奪って、さっさと逃げ出そうとする魂胆だったのかもしれない。それを、僕は殺してしまったのだ。 「んー……お、これ9ミリ弾じゃん。佑也、確かステアーも9ミリ弾だったよな」 「……え? あ、あぁ。確かそうだったよ」 「弾、まだたっぷり残っていたよな。弾が一緒ならこいつも使えるんだ」 「へぇ、そうなんだ。さすが亮太君、詳しいねー」 感心する美加の傍らで、僕は自分のデイパックから、きつきつに込められた弾の入った箱を亮太に渡す。亮太はそれ を慣れた手つきで構えると、次々と弾をグロッグに込めていった。 「予備マガジンがないのが痛いな……けどま、これで辛抱するっか」 そして、さらに弾をいくつかバラで掴み取ると、無造作にポケットに突っ込んだ。弾切れになったときに、すぐに詰め替 えられるようにする為だろう。亮太は撃鉄を起こして、グロッグを水平に構える。その一連の動作は、非常に滑らかだ といえた。やがて引き金から指を放し、それをズボンに差し込むと、デイパックを持って立ち上がる。 「うん、やっぱりピストルの方が俺には合ってるよ。昔、兄貴に内緒で撃たせてもらったことがあってな」 「へぇ、亮太君ピストル撃ったことあるんだ」 「あぁいや、別に熟練しているわけじゃないけどな。経験があるってだけだよ」 「そもそもこの国でそんなピストルを撃った経験のある中学生なんか少ないよ。経験があるってだけでも、あたしは凄 いと思うなー」 「まぁいいや。武器も手に入れたことだし、少しだけ移動するぞ。……佑也、大丈夫か?」 ポンポンと話が進む中、僕だけが会話に参加できないことに気付いたのだろう。亮太はフォローを入れてきたが、正 直言うと僕は元気なわけがない。苦しくて、悲しくて、どうしようもできない状態だ。 確かに武器が増えたことは喜ぶべきことなのかもしれない。特に、銃を扱った経験のある亮太が持つことになったの だから。だけど、その代償として命を失った柏木杏奈のことを考えると、不憫で仕方なかった。 「あぁ……大丈夫、平気だから。行こうか」 「どう見ても大丈夫なようには見えないんだけどなぁ。とにかく、佑也はマシンガンを持っているんだ。俺が後続で守っ てやるからといって、ぼーっとしていいわけじゃないんだぞ」 「うん……わかってるよ」 僕は、そう言って頷いた。もう、本当は一番前を歩きたくなんかなかった。誰かと遭遇した際、また僕はその人物を殺 してしまうかもしれなかったから。そして、また苦しみ、悲しんでしまうかもしれなかったから。 だけど、共に行動する仲間を守るためには、僕はやらなければならない。誰かを犠牲にしてでも、守らなければならな い仲間がいるのだから。 「オーケー。じゃ、行くとしますかね」 「了解ー。さぁユーヤ、行きましょー」 何かが違う。 それが何かはわからない。 だけど、絶対に何かが間違っている。 そんな気が、した。 【残り12人】
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