そもそも、僕が中峰美加と萩野亮太の二人と合流したのは、必然なのかもしれなかった。 最初に出発したのは藤田 恵(女子十番)だ。それからは、基本的には出席番号順に男女交互に出発する。ただ し、直後の真木沙織(女子十一番)がそうだったように、間に存在する生徒―― この場合は松本孝宏(男子十一番) にあたる―― が既に死亡していた場合は、その人物をスキップして続行する。また、例の転校生についてだが、彼 はクラスメイト全員が出発してからの出発となる。僕自身、そもそもどうしてあの転校生がわざわざ今回のプログラム に参加したのかは理解できなかった。別に自殺志願者というわけではないだろう。だとしたら、考えられるのはその 反対側、快楽殺人者だ。まさか、強制的に参加させられたというわけではあるまいし。どちらにしろ、危険人物の他な い存在ではあった。 まぁ、そんなことより、女子十番の藤田恵が出発したことによって、必然的に(転校生を除けば)最後に出発するのは 男子十番の萩野亮太だ。また、その前に出発するのは女子九番の中峰美加、そして……男子九番の僕、成海佑也 だ。普段から僕達三人はいつも一緒に過ごしていたし、合流すること自体は楽だと思っていた。 そして、僕の出発時間はやってきた。デイパックを受け取ると、一気に玄関脇まで走る。既に出発前の時間帯から、 外から銃声が響いてきたりもしていた。信じたくはなかったが……いや、信じなければならないのだろう。確実に、や る気になっている生徒はいるのだ。 案の定、そこに広がっていたのは惨劇の跡だった。山本真理の死体がそこには転がっており、僕はその悲惨さに目 を背けた。松本孝宏の死体とはまた違う、酷さというものがあった。こんなものを、これからどんどん見ていかなけれ ばならないのか、そう思うと、軽い目眩をした。 しかし、出席番号的に考えると、山本真理が死亡したのはかなり前だということがわかる。以降の生徒が、少なくとも この校舎内では死亡していないことから、殺人者は既に何処かへと逃げていったのだろう。今はこの玄関には、誰の 気配も感じ取ることは出来なかった。 本当なら、一人前に出発した進藤絵里子(女子八番)あたりが待っているかもしれない、とも考えたのだが。彼女は 帰宅部で、特に他のクラスメイトとは面識を持っていなかった。もしかしたら、誰も信用できなかったのかもしれない。 もしも彼女がこの玄関で堂々と僕を待っていて、仲間にして欲しいと頼まれたら、それはそれで困ったことになってし まいそうな予感はするが。 まずは武器の確認が必要だと思い、僕は早々に支給されたデイパックの中身を確かめた。すると、その中に入ってい たのは例のマシンガン、ステアーTMPだった。僕はその見た目の威力に圧倒され、そして同様に大量の弾がぎっし りと詰まった箱を見て、また驚愕した。やけに重たいと思ってはいたけれど、まさかこんな重量級の武器が存在して いるだなんて、思いもよらなかったのだ。 これで、僕はクラスメイトを殺していかなければならないのか。そう思っていると、次の出発者である美加が出てきた。 どうやら美加も僕がいるということに薄々感付いていたのだろう。あっさりと手を挙げて、にっこりと微笑んでいた。 「やほ、ユーヤ」 「……美加。あのさ」 「一緒に行動して欲しい、でしょ。わかるよ、ユーヤ単純なんだもん。あれでしょ、亮太君とも合流するつもりなんでし ょ。他に誰かいないの?」 「いや、今のところはそれだけだよ。他のみんなはもう出発したっぽいし」 美加は、僕の予想を超えていた。あれだけ佐野 進(男子五番)を罵って、菅井高志(男子七番)に取り押さえられて いたあの美加が、今はこんなにも笑っている。この状況を、理解しているのだろうか。それとも……もう、吹っ切れてし まったのだろうか。 まさか、そんな筈がない。あの木下栄一郎(男子三番)を殺されたのだ。美加が黙っていられるわけがなかった。だっ て、美加は。 「あのさ……ユーヤ。そこで死んでる、真理なんだけど」 「……あぁ、山本さんね。僕が出発したときにはとっくに死んでた。多分……前後の人にやられたんだと思う」 「今は、ここにはいないんだよね、その人」 「うん、それは大丈夫。もう確認した」 それは確かだ。でなければ、僕も美加も、とっくに殺されているだろう。 美加はほぉ、と胸を撫で下ろすと、デイパックを床に置いた。そして、中身を調べる。中に入っていた武器が癇癪玉だ とわかった頃合で、背後にいつの間にか亮太が立っていた。 「亮太」 「お前らなぁ……呑気にこんなところで仕分けしてる暇なんかないだろ」 「亮太君を待ってたんだよー?」 「あーもぉ、わかったからな。ほら、さっさと出発するぞ、出発」 亮太に急かされて、僕達は外へ出た。そして、そこにも広がっていた悲惨な光景は、僕達を覚醒させるのに充分なも のだった。白い雪を染め上げている紅。その上にも、うっすらと雪が積もっていた。その死体と、共に。 「これは……」 死んでいたのは、河原雄輝と北村晴香。しかし、それも辛うじて判断できるくらいのものだった。どちらの顔も苦痛に 歪んでおり、その非業の最期をちらつかせていた。 プログラムが始まってまだ全員が出発しないうちに、既に三人が誰かに消されている。その事実は、恐ろしかった。 「……行くぞ。これ以上ここに留まっていたら、あの転校生とかにもやられる。今は状況が把握できるまでは、どっか に隠れていた方がいいだろう」 亮太がそう言い、僕達は一刻も早くその場から逃れようと、全力で駆け抜けた。確かに、亮太のあとに出発するの は、例の転校生だ。少なくとも、あんな身元もわからない奴に殺されるのだけは、ごめんだった。 だけど、これだけは言える。状況の把握なんてものはとっくに出来ている。今は逃げないと、あの死体の仲間になっ てしまう、それだけだ。理論だとかそんなものはどうでもいい。とにかく今は、生き延びることだけを考えなくちゃならな いんだ。そう、それこそが、最大の問題点だ。 そう、その時はまだ。僕の状況把握はそれで満足だったんだ。 だけど、やがて当たり武器が僕だけだとわかり、そして他人の排除を僕が任されてから、それはかわった。 僕達は会場の西部にある公園の中へと逃げ込んだ。住宅には軒並み鍵が掛かっていたこと、それから商店街には 人が多く集まってしまうことが予測されたこと、そして……降り続ける雪から身を守るための屋根は最低限必要だっ たことを考慮して、総合的に判断したその結果、留まることにしたその公園。 幾度に渡って会場内に轟いてきた銃声を傍らに、幸いにして僕達のいるこの公園には誰も現れなかった。そう、あの 時までは。 あの時、丁度僕と亮太の二人で公園内を探索することにしたのだった。流石に武器がマシンガン一丁だけというのも 心細かったので、なにか他にいいものはないかと、二人で探しに行ったのだ。美加は、大勢で移動すると目立ってし まうこと、それから今までもここには誰も来なかったのだから、少しくらいなら大丈夫だろうと思って、一人その場所に 留まり続けることを選んだ。 だけど、それは……本当に運が悪かったとしかいえないだろう。大した功績も出せずに、元の位置に戻ろうとしたとこ ろで出会ってしまった惨劇。僕は、銃を突きつけられて殺されかけている美加を救うために。引き金を、躊躇せずに絞 ったんだ。 あぁ、思ったほど反動は強くはないんだな。率直な感想が脳裏を過ぎる。だが、やがて柏木杏奈が動かなくなってか らは、僕はとんでもないことをしてしまったのではないかと思い始めた。 そして。 今は、尚も僕がマシンガンを持ち続け、柏木から奪い取ったグロッグ33は亮太が持っている。結果的には、僕達の 戦闘能力は飛躍的に上がったと見ていいのだろう。だが、それは誰かの犠牲の上に成り立っているものだ。それが、 このプログラムの中の現実なんだ。 僕は、この現実から決して逃げてはいけない。眼を逸らしてはいけない。全てを、受け止めなきゃならないんだ。僕が 駄目になったら、きっと何もかもが狂ってしまう。誰も信じられず、そして誰からも信じられなくなる。そんなのは嫌だっ た。僕は、せめて死ぬその直前まで、最期までは自身でありたかった。 逃げるな、現実から。 きちんと目の前の出来事を、受け止めるんだ。 「おい、どうした佑也。誰かいたのか?」 考え事をしながら歩いていたつもりが、どうやらいつの間にか立ち止まっていたらしい。自分でも全く気付かないうち に、だ。いけないいけないと思いながら、僕はゆっくりと振り返る。 「もう……大丈夫だから」 「……は?」 「いや、いい。なんでもないんだ、ごめん」 実際に声に出してみて、初めて実感できた。ようやく、元に戻れた、普段の自分に戻れた、そんな気がした。 僕は前に進んでいかなくちゃならない。いつまでも、足を止めるわけにはいかないんだ。 ……ほら。立ち止まれば、死が追いかけてくるじゃないか。 【残り12人】
|