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 村役場の本来の役目を担うのであろうその一室に、僕達は招きいれられた。
 木製の長机に、パイプ椅子が設置されただけの簡素な部屋。恐らくこれが、この村の会議場なのだろう。

 コの字型に配置された机。真ん中に菅井が座る。その隣に亜紀が着く。向かって左側に亮太と美加が、右側には
僕と村田が座る状態となった。全員が配置につくと、菅井が立ち上がる。

「えー……では俺が議長っぽくやってみようと思うんだが」

「わぁ、菅井君それっぽーい」

美加がはしゃぐ。確かに、その姿は様になっていた。僕と村田を除けば、本当にこれはバスケ部の部会なんじゃない
かと錯覚してしまうくらいだ。
菅井は冗談はさておき、と苦笑いをすると、真剣な眼差しへと変えた。

「先程の放送の時点では生き残っていたのは九人。まぁあれ以来銃声はしていないから、まだ九人生き残っていると
 みて間違いないだろうと思う。その中で、俺が信頼できる六人が今、こうしてここに集えたのはかなり運がいい」

「なるほど、信頼……か。つまり菅井は予め仲間の候補を決めていたんだな?」

村田が、足を大きく広げた状態で踏ん反り返りながら発言した。
菅井は大きく頷くと、さらに続ける。

「あぁ、そうだ。俺は始めから誰を仲間にするかを考えていた。流石にだれそれ構わずに、というわけにはいかないか
 らな。勿論あの転校生や佐野は除いてあるし、普段からあまり付き合いのない奴も除いた」

「まぁ、うちらはバスケ部っていう共通項があるしね。ユーヤとか村田君だっていっつも話はしていたし」

「本当なら下城や河原あたりも加えたかったんだけど……残念だった」

そう言うと、場の雰囲気が重くなる。本来ならこの場に招かれた筈の存在、下城健太郎(男子六番)河原雄輝(男
子二番)は、既にこの試合から退場してしまっているのだ。

「まぁ、過ぎた事は考えたって仕方ない。今、この状況が最善だと考えればいい。問題なのは、今後いったいどうする
 かなんだ」

「え? 考えてなかったのか?」

「いや……こういうのもなんなんだけど、色々と手は尽くしたつもりなんだ。だけど本当にこのゲームはよく出来てい
 る。出来すぎているんだ。どう考えても、二人以上で生き延びる術が見つからないんだ」

「まぁ、それがプログラムのルールだからね。最後の一人になるまで殺しあう。木下の父親が言っていた通りだ」

「それなんだ。だからとりあえず、俺は考えるのをやめた。まずはやる気になってない仲間を集めて、どうするか話し
 合おうって思った。だけど、そこでとても重大な問題が生じる」

「……裏切り、か」

菅井高志。要するに、彼もまた、やる気にはなれなかった一人なんだ。どうしても殺人を犯すのが嫌で、だけど死ぬこ
とも避けたくて、なんとか出来ないか、それを模索していた一人なんだ。クラス内で最も身長が高いバスケ部の元キ
ャプテンである彼が、もしもこのプログラムに乗っていたら。もしかしたら今頃には既に決着はついていたのかもしれ
ない。だけど、それが出来なかったからこそ、今の自分は存在しているのだ。
そんな彼と、対等に張り合える唯一のクラスメイトが、恐らく村田修平だ。次々と意見を出していく能動的な彼に対し
て、同じく意見をぶつけることが出来る、それが村田だった。

「そう、それが最大の問題点。これがあると、結束はあっという間に崩壊する。だから、これだけは最初に言っておく。
 いいか、裏切りだけは絶対にするなよ。その時は、容赦はしない」

「待てよ」

その村田が、菅井の演説を止めた。
水を注された菅井は、不機嫌そうな顔をして村田を睨みつける。

「……なんだ、村田」

「それは少し都合がよすぎるんじゃねぇのか? 菅井と城間、二人の武器を俺たちはまだ見せてもらってない。二人
 は俺たちの会話を盗み聞きしていたから勿論知っているんだろう? 俺たちにも知る権利っつーのはあるだろ」

「……悪い、気付かなかった。俺たちの武器はこれだ」

そう謝罪すると、菅井は机の上に拳銃をそっと置いた。ジェリコ941と銘打ってあるそれは、やはり簡単に人命を奪え
るものだとわかった。そして、亜紀が机の上に同様にそっと置いた二つのそれは、どうみても手榴弾にしか見えなか
った。こんなものまで支給されているのか。村田の眼も、丸くなっていた。

「どっちも幸い当たり武器だ。少しは役に立つんじゃないかな」

「……いやはや、これは予想以上だよ」

「さて、それでだ。今後どうするかを決めたいんだけど……」

 菅井は、ぐるりと室内を見渡す。
 そして……重たそうに口を、開いた。


「隠していても仕方ないな。俺が最善だと思うのは、まずは信頼できない奴らを全員殺して、それから信頼できるもの
 同士だけで改めて相談する、というものだ」


再び、室内が静まり返る。僕も村田も、目を見開いた。これまでの流れとは全く違う、菅井のその発言に、誰もが驚
かされていた。そんな中、黙って隣に座っていた亜紀が、口を開く。

「……落ち着いて考えてみて。最悪、この六人の中から優勝者は出したい。それなら、まずはこの六人で連携をとっ
 て、他の危険因子を排除する。それって、一見残虐のようかもしれないけど、実は非常に効率がいいことなの」

「それは、考え付かなかったなぁ……」

亮太が苦笑している。なるほど、うまい手を考えたものだと、正直僕も脱帽した。このままどうすることも出来ないとい
うことは、即ちいつかは死が訪れるということだ。現状ではどうすることも出来ないというのなら、まずは出来ることか
らやってしまえばいい。それはつまり、同胞以外の抹殺。それだけ、生き延びられる時間も増えるのだ。

「改めて残り六人になってからなら、考える時間はいくらでもある。誰からも襲われることなく、丸一日ゆっくりと考える
 ことが出来る。悪くはない話だろう、どうだ?」

誰も、意見は言わない。あの村田でさえも、黙り込んで下を向いている。
そうして、一分ほどの静寂が続いただろうか。再び菅井は、口を開いた。

「……まぁな、いきなりこんなこと話したって、混乱するのは当たり前だ。だって、お前達はやる気ではないな、とか確
 認しておきながらこんなことを話したんだもんな。だけど、俺はとりあえずはこれでいこうと思っている。まずはこれだ
 けだ。他に、なんか言いたい奴はいるか?」

すっと、村田が手を上げていた。

「……この中で、誰か佐野と遭遇した奴はいねぇか?」

佐野 進(男子五番)。このクラスに紛れ込んでいた麻薬中毒者の一人だ。そういえばあいつ、栄之助に滅茶苦茶に
暴力を揮われていたんだっけか。あの瞬間から、大体十二時間が経過している。その時もまた、色々なことを考えて
いた気がする。何だっけ……いったい何を考えていたんだっけか……。
あぁ、そうだ。あれはまさに出発のその瞬間に考えていたことじゃないか。この中でやる気になる奴がいるのだとした
ら、その動機は……。

「佐野を殺す役目は、俺にやらせて欲しいんだが」

そう言い放つ村田の眼は、鋭く、そして凍てついていた。
それをじっと見つめていた菅井は、また鋭い眼差しを突き返す。

「村田。北村と藤田を殺したのはお前か?」

「いや、違う。殺す気はあったけれど、最初の放送の時点でもう死んでた。俺じゃない」

「殺す気……? それ、やる気とは違うのか」

「違うだろうな。俺だって無差別に殺すわけじゃない。ターゲットは栄一郎を殺した仲間の一味、それくらいだ」

村田修平や河原雄輝がこのゲームに乗るとしたら。その理由は、ほぼ間違いなく木下栄一郎の仇討ちだ。その対象
として挙げられるのが、麻薬中毒者だった例の三人だ。

「あぁ、なるほどな。そういうことかい。……いや、実は村田。俺と城間は、一度だけ佐野に襲われているんだ」

村田が勢いよく立ち上がる。

「それ、何処でだ?!」

「落ち着け。最初の放送の前の話だよ。佐野がまだそこに留まっているとは考えられないだろ? いくらあいつがヤク
 中でラリッてたとしてもだ。……あぁ、場所な? 図書館の中だよ」

図書館。まだ僕達は向かっていない、会場の北側に位置する建物だ。村の北部を走る唯一の国道、それに隣接して
いる建物の一つに、確か図書館があったはずだ。

「……ちっ、放送前か。確かに、もういないだろうな」

「まぁ、そんなに会場内を移動したりすることはないだろう。まだ北の方には残っているんじゃないかな、勘だけど」

村田は舌打ちをすると、ガタンと音を立てて座った。まぁ仕方ない、佐野の情報が手に入っただけでもありがたく思わ
なければならないだろう。
……となると、こちら側からも情報を提供しなければならないのだろう。そう思って、立ち上がる。

「じゃあ、僕ら側からも情報提供するよ。例の転校生のことなんだけど」

「転校生って……あぁ、なんか危険人物とか言われてた奴か」

「僕らは……正確には僕と亮太の二人だけど、あの転校生に襲われた。これも放送前のことだから、既にもうそこに
 はいないと思うけれど、一応場所は南の山小屋だ」

「なるほどー……で、その転校生はその……容赦なかった?」

「バリバリにやる気だった。確実なものを含めると、もうあいつは三人を殺してる。山小屋には榎本と工藤さんの死体
 があったし、様子を見に来た新海が目の前で射殺されたんだ。あの場から無事に逃げられたことだけでも、奇跡だ
 と思うよ」

右脇腹が疼く。もうとっくに血は止まってはいたが、それでも傷口は晒されたままだ。まぁ、我慢できないことはない。
むしろこの程度の傷で済んだこと自体が奇跡に近いのだから。

「転校生の武器は?」

「とりあえず、拳銃が二丁。あとは工藤さんの武器……ごめん、これはわからないんだ」

「……拳銃持ちか、厳しいな」

「大丈夫だろ、俺たちも数に似合った分は持っているんだし、佑也に至ってはマシンガンだぞ」

「全員で転校生に立ち向かえば怖いものはないんだ。……まぁ、手痛い犠牲を負うことにはなるだろうけどな」

ゴクン。誰かの喉が鳴る。
犠牲……それは即ち、ここにいる誰かが死ぬということ。転校生の命を奪う代償に、こちら側の人間も減ってしまうと
いう、ある種の必然。あの転校生の腕前を考えれば、それも一人で済めばまだいいほうなのかもしれない。


「さて……一通り情報が出たところで、もう一度確認したいんだが。俺の作戦に、乗ってくれるか?」

議論は続き、最終的には菅井の発言でまとめられた。どちらにしろ、転校生がこちらの仲間になることは考えられな
い。どの道殺すのであれば、全員で立ち向かった方が効率はいい。だから、菅井の作戦には乗ったほうがいい。そ
れが菅井自身の狙い。本当に、純粋に転校生を潰す為だけに結束する、仲間。

 本当に、この作戦に乗っていいのか。
 これしか方法は、ないのだろうか。

「……菅井、悪いんだけどさ。少しだけ、時間くれねぇかな」

沈黙を破ったのは、やはり村田だった。真剣な眼差しの村田。本当に、こいつはいつもの村田なのかと疑ってしまうく
らい、それは豹変していた。
菅井は、大きく息を吐いた。そして、口を開く。

「意外だな。村田なら、間髪要れずに乗ってくれると思ったんだが」

「少しな、思うところがあってよ。まだ踏ん切りがつかねぇんだ」


 村田が、大きく伸びをするように、天井を仰いだ。
 そして本当に僅かの間だけ。隣に座る僕に、眼を合わせてきた。

  ―― 村田?

「……わり、ここトイレってあるか?」

「廊下の突き当りを右だ。水は流れないぞ」

「構わないよ」

 村田は低く笑うと、部屋を出て行く。
 これは何かの合図だ、村田は僕に話があるんだ。

「あ、じゃあ僕も一緒に行くよ。帰ってきたら僕の意見も言うよ」

 僕はすぐに立ち上がると、部屋を出て行った。
 廊下には、村田が待っていたかのように佇んでいる。

「村田、なんだい」



「……成海。少しだけ、話を聞いてくれないか」



 【残り9人】





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