どいつもこいつも、仮面をかぶって生活している。 それは成海佑也(男子九番)もそうだったし、菅井高志(男子七番)もそうだった。 俺は慎重に歩を進めていた。先程菅井を撃ち殺してから、五分くらいは走り続けた。地図で確認すると、現在位置 は大体D=7あたりだろうか。あとは真っ直ぐ北上すれば、例の集合場所に辿り着ける寸法だ。付近は住宅が並んで いたが、どうやら大分村でも外れの方までやってきたらしい。家もまばらになり、木々が目立つようになってきた。いよ いよ八幡さんが近付いてきているということだろうか。 転校生とは遭遇することもなかった。しかしそれでも、奇襲を恐れて俺は相変わらずその右手にソーコムを握り締め ていた。何が起こるかわからない、それがプログラムだ。そう、ここまで生き延びて来れたことを、奇跡と思わなけれ ばならないのだ。実力を過信しすぎるとどうなるか、そんなのは聞くまでもない。 成海にしろ、菅井にしろ、あの豹変は異常だった。直前まで、如何に素晴らしい演技をしていたのか、それに気付け なかった自分も悔しいが、見事だった。あの二人は、ずっと無理をしていたのだ。みんなに合わせようとして、実生活 からずっと無理を重ねてきていたのだ。それがこのプログラムという環境下で、脆くも剥がれ落ちてしまった。だから 簡単に殺されてしまった、それだけのことだ。 俺も……つまりはそういうことなのだろうか。ペルソナを被って生きているのだろうか。菅井は俺のことが羨ましい、そ んなことを言っていたような気もするが、果たしてそうなのだろうか。俺は実生活からいわゆる『村田修平』を演じてい ただけに過ぎないのではないか。みんなから見ればそれは違和感のないことだけれども、当の本人は無理をして演 じている、そういう可能性は無いのか。 誰にだって、欲望はある。それを制御できてこその理性だ。それは……無理とは言えないだろうか。 事実、俺だってこれまでに何人も殺してきた。だけど、決してそれは……無理、と言えただろうか。 あの学校を出発する前から、俺はどうするかは決めていた。それは恐らく、ずっと隣で不安そうな顔をしていた河原 雄輝(男子二番)とも同じ決意だったろう。雄輝も、そういう男なのだから。やるときにはやる、立派なうちのエースだ ったのだから。 だから、俺は比較的出席番号が近いと踏んだ雄輝と合流することを選んだ。出発すると、俺は迷わずに玄関の靴箱 の陰に隠れた。どうしようかなんて、そんなことは決まっている。あの栄一郎を殺した仲間に対して、復讐を課すこと だった。佐野 進(男子五番)、藤田 恵(女子十番)、北村晴香(女子二番)、そしてB組の加藤兵吾。こいつらに対 して、栄一郎の仇を討つのだ。それまでは、俺は死ねない。絶対に死ねない。 だから、生きる。絶対に生き延びる。そう俺は誓った。 藤田なんて雑魚は、放っておいても勝手に死ぬだろうと思った。たとえ真木がついていったとしても、もうあいつは死 んだ。栄一郎の父親に、全てを砕かれて死んだのだ。だから、わざわざ追いかけて殺すまでもなかった。それよりも 俺は、体力的に優れている佐野を殺さなければならなかった。あいつをこの無法地帯に野放しにするわけにはいか なかった。あいつだけは、徹底的に懲らしめなくてはならなかった。 そして、何よりの主謀者である加藤。こいつを殺す為には、なんとしてでもプログラムで生き延びなければならない。 実生活に戻ったら、殺人は犯罪になってしまう。だが、そんなのは生き延びてから考えればいい。それが五年、十年 先であってもだ。俺はあいつをこの世から抹消しなければならないのだから。 栄一郎の死の真相を告げられて、俺は真っ先に将来を決めた。警察官。出来れば原因がわかった今は、麻薬取り締 まり班に配属されたかった。それなら、便宜上はこの国のことだから、犯人射殺という名目で如何様にもできる。これ しか、方法は残されていなかった。 何の罪もない栄一郎が、そして自分達までもがプログラムで殺されて、そしてその首謀である加藤がぬくぬくと生き 延びるなんて、そんな不平等が行われていいはずがない。鉄槌を下さなければならないのだ。誰であってもいい。だ が、出来ることならこの手で。 だから生き延びる為に、俺はどんな手も辞さないと考えた。それはつまり、他の罪もない生徒を皆殺しにするというこ と。残念ながらそこまでは考えられない。考えたくもない。だけど、いつかはやらなければならない。それが、優勝者 になるための布石。 次の出発者は、山本真理(女子十二番)だった。音楽部だったが、運動神経はあの城間や中峰とタイくらいの良さ を持ち合わせている。彼女もまた、俺と同じように出発前から胡散臭い行動を取っていたやつだ。なんとしても、彼女 との接触だけは避けたかった。だが。 「村田君、いるんでしょ?」 唐突に、その声が人気が感じられない玄関に響き渡る。そっと顔を覗かせると、そこにはソーコム・ピストルを構える 山本の姿があった。拳銃、そいつをどうする気かなんて、わかりきっていることじゃないか。俺を殺す為、あいつは出 発直後から武器を携帯しているのだ。俺もバカじゃない。ズボンには支給されたサバイバルナイフをしっかりと挿し込 んでいた。 「村田君、わかっているんだからね。さっさと出てきなさい」 これははったりなのか? 俺は迷った挙句、声だけを出した。一応靴箱が壁になっている。銃弾くらいなら、多分防い でくれる筈だ。それに、近付いてくるなら近付いてくるで、俺も近距離用の武器だから山本を殺すにはもってこいだ。 「山本ぉ。お前、その拳銃で俺を殺すつもりなのか?」 思った以上に声は響く。山本にも勿論伝わっただろう。山本は低く忍び笑いをすると、再び声を発した。 「そーよ。だって村田君、危険因子なんだもの」 「……危険因子?」 「そ。優勝、狙ってるでしょ? 危険な芽は早めに摘み取っておかないとね」 「そうか、俺が危険だって判断したわけか。そういうお前はどうなんだ、山本。俺もお前のことは、充分危険な存在だ と思っているんだが」 山本が近寄ってきているのがわかった。こちらが動いていないとわかったのだろう。そして、姿を曝け出しているのに 撃ってこないことから、こちらが銃を所持していないということも、念頭に入れているのかもしれない。 俺は、サバイバルナイフを抜き出して、その右手でぐっと握り締めた。 「……それはお褒めの言葉だと、受け取っておくことにするわね」 「あぁ、そうしていただけるとありがたい……かな!」 賭けだった。山本は、自身が拳銃を支給されていることに対して過信している、そう判断した。だから、逆に隙を作 る。そうすれば、確実に殺れる、そう思った。 俺は野球ボールを投げるのと同じ要領で、ナイフの柄を握ってそのまま山本に向けて投げつけた。比較的近距離に まで山本は迫っていたので、それが胴体に命中するのはほぼ必然だったといってもいいだろう。 「…………!」 「……俺もありがたかったよ。最初の相手が、お前みたいなやる気満々の奴でよ」 それは本当に、偶然にもナイフの切っ先は心臓に突き立っていた。山本は信じられない、とでも言いだけに俺を見つ めていると、やがて焦点をずらしながら床に崩れ落ちた。本当に呆気ない、死だった。こんなにも簡単に、人間は死ん でしまうものなのか。 はっと気付いて、俺はそろそろインターバルが経過すると悟った。手早く山本の握っているソーコムだけを奪い取って おく。とりあえずはまた同じ靴箱の隅に隠れることにした。程なくして、次の出発者である榎本がやってきた。そして、 山本の死体に気付き、慌てて駆け寄る榎本。そしてそれが既に死んでいるとわかったのか、彼は拳を床に叩きつけ た。よっぽど悔しかったのだろうか? そのまま彼は校舎を出て行った。俺は彼が戻ってこないことを確認すると、手 早く荷物だけを移した。だが、時間の感覚が掴めない。すぐにでもまた次の出発者が出てくるのではないかと、そう 思って、とにかく予備の弾などを移すだけ移すと、すぐに出発した。どうやら次の出発者である柏木には気付かれず に済んだようだった。 とにもかくにも、それが自分にとって、初めての殺人だった。よく、人を殺すと気が狂うなんて文を小説か何かでよく 読むが、そんなことはなかった。確固たる意思をもって殺した。復讐を誓い、優勝を誓って行った、ただの通過点に過 ぎないのだ。それが、俺にとっての殺人。邪魔な存在になる者、自分の命を脅かすと思われる者は、容赦なく殺害す る。それが、俺にとっての殺人だ。 頭脳派である成海が死に、そしてリーダーである菅井が死んだ今、最早このグループは機能を成していない。厄介 者が消え去った今、俺は淡々と八幡に集う者を殺すだけだった。 そう。殺せば殺すだけ。俺は、着実に優勝へと近付いていくのだから。 俺は成海や菅井とは違う。決して仮面なんか被ってやしない。 俺は……俺で。ただ、身を委ねて動くだけなのだから。それこそ、自由奔放にな。 【残り7人】
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