待ち合わせの時間は午後七時だったが、事後報告の会議がすんなりと終わらなかったので、結局待ち合わせ場所 に到着したのは七時半になっていた。いくら仕事とはいえ、三十分も大先輩を待たせてしまったのだ、何回頭を下げ ればいいのだろうか。 と思いながら店に入ると、一番奥の席で、わいわいと楽しそうに酒を飲んでいる二人がいた。的場だけではなく、豪 徳も来ていたらしい。私は連れが先に来ていると対象にそう告げると、その奥の席へと急いだ。 「すいません、遅れました」 私の姿を確認するや否や、豪徳が立ち上がり、私に対してすごんできた。 「やい、木下。お前ぇ今何時だと思っとんじゃ?」 「す……すいません」 「まぁまぁ豪徳君。木下だって好きで遅れたわけじゃあないしな。突然誘った儂がいかんのよ」 的場はそう言いながら豪徳をなだめ、私に隣に座るように言った。そういえば、この面子で一緒に飲むのは初めてか もしれなかった。 私はとりあえず生を頼むと、誘っていただいたことに感謝の意をささげた。 「いやいや。実は今までにも何度か儂と豪徳とで飲んだことがあってな。今回は久々に一緒に仕事をしたし、この際 だ、ついでに後輩の木下も呼ぼうじゃないかと思ったんよ。……で、仕事、忙しかったのか?」 「あぁ……まぁ、はい。そうです。今日は事後報告の会議がありまして」 「なんだ、もうアレやったのか。昨日の今日で随分と大変なんだな。普段はアレだろ、三日くらい余裕を見てやるもん じゃないのか?」 真っ赤な顔をした豪徳が、肴を食べながらそう言った。 同時に、生ジョッキがやってきたので、とりあえず乾杯だけして私も酒を取り入れた。飲むのは久々だったが、悪い気 分にはなりそうもなかった。 「いえ、私も実は今回みたいなのは初めてなんですよ。でも、今年はほら、例の企画があるじゃないですか。だから、 最優先ですすめているらしくて。終わったら間も入れずに次になりますから、とにかく前に押して押してだそうです」 「あぁ、例の転校生のやつか。あいつも若いのに大変だよな」 的場はあまり飲んでないのか、それとも純粋に酒に強いのか、普段とあまり変わらない顔色で、ちびちびと焼酎を飲 んでいた。 私は運ばれてきた枝豆を口に入れると、また少しだけビールを口に含んだ。 「今回で三十八回目の優勝だっけか。儂もあの企画はこの間聞いたばかりじゃからな。おったまげたわい」 「まぁそうだな。俺も正直嘘だと思った。だが、あいつは筋金入りだったよ」 「そういえば豪徳さん、あの転校生の専属みたいでしたけど、なんか言われていたんですか?」 「んー? んー……アレだな。今だから言うが、木下の事情が事情だったからな。大変だろうってことで、俺にお鉢が 廻ってきたって所かな」 なるほど、やはり豪徳は専属だったのか。確かに、あの転校生は今回のプログラムの中でも最重要人物だった生徒 だ。誰かがずっと監視していなければならなかったのだろう。そして、その役目はトップである私が本来は務めなくて はならなかったが、このクラスにもともとの馴染みがあったことや、直前までは栄一郎が参加する予定であったから、 予めその役目は豪徳に任せていたのかもしれない。 「そう。それでじゃな、儂も実はお前の監視を頼まれとったんじゃよ」 「……監視?」 「そ、監視。同様に木下の事情が事情じゃったし……不穏な動きを見せたら阻止せよ、というわけで」 なるほど、やはり的場も私の監視役だったのか。確かに栄一郎が参加していた場合、教官としての任務遂行ではな く、父親としての補佐をしてしまう可能性があると判断されてもおかしくない。息子を殺そうとしたものの首輪を爆破す るなど、やろうと思えばいくらでも出来たのだ。そういった動きを見せようとした瞬間の阻止役、それが今回的場が出 てきた理由なのだ。 「ま……結局は儂はあの場にいなくてもよかったということにはなるんじゃろうが」 「いえ、いてくれて助かりましたよ。息子が参加していなくても……アレは普段の私ではありませんでしたから」 「あーあー……出発前のアレな。思わず的場さんと二人で顔を見合わせたぞ。木下ってこんな奴だったっけな? て」 「アレを見た瞬間、儂は昔を思い出したがのう。あん時はまだまだ若かった」 私がまだ新米だった頃、配属された先は一時的ではあったが的場の下だった。そして、的場がたまに務めていたプ ログラムの担当教官時代、その暴力性は一時期話題になり、そして問題にもなったのだった。今では、とてもそんな 風には見えないが。 「んーと、アレだっけ。そうそう、例の新薬実験の暴走。お前が担当してたやつ。今もアレやってんのか?」 「えぇ、もう。バリバリに。それで会議が長引いてしまったんですよ」 「なかなか来ないから先にはじめてたんだぞ、このヤロめ」 「ホントすみませんでした。これでも走ってきたんですよ」 「まぁまぁ豪徳君……で、進展は見込めそうかい?」 会議での最後の議論。それは、プログラム前に発覚した新薬について、プログラム中に常用者の口から出てきた証 言を元に、捜査を始めてよいのかということだった。一応盗聴に関しては全て記録をとり、録音もしている。だが、あく までそれは機密事項なのだ。いくら事件の解決になるとはいえ、それを認可するのは如何なものか。それを巡って、 会議は長引いてしまったのだった。 結局、その点については後日話し合うということで、現状は保留。とにかくその容疑のかかった生徒の家を適当な理 由をつけて捜索せよ、との言明が下ったのだった。裏では政府が動いている。そんなことは容易いだろう。 「それに関しては……まぁなんとかなりそうです。根本的なことはもう少しイザコザが続きそうですが」 「そっちも色々と大変なんだな」 「まぁまぁまぁ、ここまで来て仕事の話をするのもアレじゃしな。折角この面子で揃ったことじゃし、今日は楽しもうでは ないかい」 「あ……それもそうですね」 「じゃ、仕事のことなんかは忘れて飲みますか」 「これ、豪徳はもう少し慎めい。もう何杯飲んでるんじゃい」 「えーと……先輩、ご馳走様です」 「誰も奢るなんて言うとらんぞい!」 わっはっは、と。豪徳は顔を火照らせながらも笑っていた。大先輩方も飲むのは久々なのかもしれない。随分と楽し そうだった。 私も、今日ばかりは疲れていたけれど、思いっきり飲んでもいいかもしれない。と同時に、今日は車で来なくて本当に 良かったと。ふと、そう思った。 結局、この楽しい飲みは、終電の時刻まで続いたのだった。
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