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 今回、このプログラムではいささか奇妙な事があった。それは、支給武器に関する事である。

通常支給武器は銃、刃物が大半を占めていて、その他に手榴弾、火炎瓶等の危険物や、探知機や防弾チョッキみ
たいに補助にまわる武器もある。もっとも、カッターナイフ等、あまり使えないものも入っている。
本来、大抵生徒の死因は銃や刃物によるものが大半を占めている。銃の方が若干多いが、大体70%の死因はこれ
らだ。それも、たとえ人数が多かろうが少なかろうが。
通常ならば、人数の多いクラスには銃火器類が多めに支給されているはずだった。殊更68人などという大人数なら
ば、20〜25丁は支給されていてもおかしくは無かった。それぐらいでないと、進行が異常に低迷する為だった。
だが、実際は違った。明らかにおかしい、たったの9丁しか支給されていないのだ。マシンガンも2丁と、大人数の割
に多くない。
何故そのような数になってしまったのかはわからないが、とにかく銃を支給された生徒は幸運だったのだろう。


 友部元道(男子20番)も、そのうちの一人だった。彼に支給された武器のブローニング・ハイパワーという銃は、オ
ーソドックスな形ではあったが、30発分の弾はちゃんと別に箱に入れてあったし、そのうちの6発は既に取扱説明書
を見て装着してある。準備、万全だ。
そう、つまり、彼はやる気だった。いや、正確に言えば違うか、死ぬのが嫌だったから、ゲームに乗ったといえばいい
のか。まぁ、どちらにしろ、クラスメイトを殺す気は十分にあった。

彼は、優等生だった。たとえ成績が中の上であっても、優等生だった。ついこの間までは生徒会長を務めていたし、
先生のいう事は何でも聞いた。国の事を崇拝しているわけではなかったが、別に反抗しようとも思ってはいなかった。
父親は銀行員、母親は音楽大学の講師、家は都心から30分ほどの場所に一戸建てを構えている、つまりボンボン
だ。
まぁ、ボンボンといっても、別に威張ったりはしなかった。いつも学校では仲のいい友達、例えば牛尾 悠(男子4番)
峰村厚志(男子31番)等とよく一緒に遊びに行ったりしていたし、告白された女子――増永弥生(女子27番)とは
付き合っていた仲でもある。
別に敵対するクラスメイトもいなかったし、生徒会長としての人望も厚い、教師からも誉められて、だがそれで決して
傲慢になることも無い。まさに完璧な人間だった。

彼は、優しかった。それだけに、苦しんだ。


 クラスメイトと殺し合いなんてしていいのか?
 それで生き残ったとしても、それで本当に良かったと思えるのか?


だが、結局は銃が支給されたから、という理由で簡単にゲームに乗ってしまった。

流石に友達を殺したいとは思わない。だが、もしもやる気だったなら、自分は乗る。友達が乗ってしまったのなら、自
分は友達を楽にしてやるだけだ。これはきっと合法だろうし、なによりもプログラム中は何をしても許されるはずだ。


ふと、背後に人の気配を感じた。気配というより、殺気だろうか。
ばっと振り向いた。その手に、拳銃を握って。

後ろにいたその人物は、両手に紐を握っていた。だが、今は緩んでいた。当然だ、突然自分が振り返ったから、びっく
りしないはずがない。

だが、問題はその人物だった。

「悠……! お前……」

その人物は、友人であるはずの牛尾悠だった。まさか、そんな筈は無い。悠に限って……!





 やる気になっているなんて。





だが、悠はそのびっくりとしている顔を歪めると、笑みを浮かべた。そして、言った。

「友部。俺は……生き残らなきゃならないんだ、すまんな……死んでくれ!」





 そんな。
 そんなそんなそんなそんな!!



 信じてたのに! 悠とか厚志とか、絶対に乗らないって思ってたのに!





頭の中で何かが弾けた。
同時に、悠の動きが眼前3メートルで止まった。

「悠……は、やる気、なんだよね?」

彼自身気がつかないうちに、拳銃の撃鉄を引いて、胸の前で構えていた。

「じゃあ、撃っちゃって、いいよね……?」

踵を返すように悠は振り向いて走ろうとしたが、もうどうでもよくなった。
引き金にかけた指に、力を込める。





 タァン!





それは確実に悠の腹部に当たった。軽い爆発音と反動。悠の体がゆっくりと倒れ……

「くそっ!!」

……なかった。体制を持ち直し、一目散に走り遠ざかっていく。




 なんでなんで?!
 ああ、頭を狙わなきゃならないんだ!! この野郎、絶対に仕留めてやる!!




 タァン! タァン!





2発目はまたしても腹部に当たったようだ。悠の体が前のめりになるが、再び体制を立て直して遠ざかる。3発目は
かすりもしなかったようだ。そして、もう何処にもその姿は見えない。

 要するに、逃げられたのだ。

「くっそぉぉぉおおおっっっ!!!」

後には、荒れ狂った元道が残るのみだった。











 はっ、はっ、はっ、と荒い息をあげ、牛尾悠は立ち止まった。どうやら助かったようだ。

「よかった……これが支給されて……」

彼に支給されたもの。それは、防弾チョッキだった。補助にまわる武器。だが、そのおかげで命は助かった。衝撃だ
けは受け止めてくれないらしく、痛かったものの、死ぬよりはましだ。
本当なら、あそこで友部を殺しても良かったのだ。だが、あの時は咄嗟に逃げてしまった。



 彼の母親は、思い病気だった。

 1人息子の自分は、その母の唯一の生きがいだったのだ。



 自分が死んだら、母も死んでしまう。それだけは、阻止しなくては。



 だから、牛尾悠は、このゲームに乗ったのだ。







   【残り66人】



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