地図上、G=2。緩やかな傾斜が続くその野原に、秋吉快斗(男子1番)と湾条恵美(女子34番)はいた。 今、2人が座っている場所は、背丈の高い草が生い茂っている箇所で、座ってしまえばそう簡単には見つからない場 所にいた。そんな中、快斗は蒼白になっている恵美を見て、続いて今は自分が手に持っている、彼女に支給された 情報端末機を覗いた。そこに、赤い文字で書かれた、人名。 「やっぱり、やる気になっている奴がいるってことなんだな」 「……そうだよね、そうとしか、考えられないよね。まさか……自殺、したわけじゃあるまいし」 画面の右下の不自然な枠に、坂本理沙(女子7番)と橋本康子(女子17番)の名前が赤色で表示されていた。 そして、その下の部分に、『残り66人』と白い文字で表示されている。 要するに、この2人の女子は、恐らくもう死んでしまったのだ。自殺なんて考えられない。いや、自殺する暇なんて無 いだろう、自分達が出発してから約30分後、ここに落ち着いたときには既に、理沙の名前が表示されていた。彼女が 発するのは自分が出発してから26分後だ(ちなみにこの計算は恵美がやった)。その僅か4分以内で、果たして自 殺などというものが出来ようか? 橋本康子もなにか、宗教団体の一員だったと思う。小学校の時に聞いた噂が本当ならば、彼女の宗教では自殺は 禁じられていたはずだ。なのに、掟を破ってまで自殺するだろうか? これらの結果から考えて、やはり殺されたと考えるのが妥当な線といえる。 「そういえば、さっき……大きな音がしたね」 「ああ……銃声、かな」 そしてつい10分ほど前に、単発だろう、遠くの方で銃声が3回、後半2回は連続して聴こえた。その時にはもう残り6 6人だったはずだし、(それにしてもどうにかならないのか? これ、一応残り1人になるまでやるんだろ?)今でも新 たに表示される様子は無い。きっと、その銃声がある箇所では、クラスメイトは死ななかったのだ。 だが、何故銃声がした? 正当防衛か、それともやる気だったのか? 暴発は無いよな。どちらにしろ、やる気になっている奴はいる。 それだけは、断言できた。 快斗は暗視スコープを掲げて、辺りを見回した。現在時刻午前4時30分。まだ夜明けまでは30分以上ある。今日は 満月のはずだったが、生憎の曇り天気のせいでぼわっと空気も沈んでいる。 もう……嫌だ、こんなの。 その時、近くの茂みがカサッと少しだけ揺れた。風は吹いていない。だとすると? 「おい、誰かそこにいるのか?」 突然呼ばれた。気付かれたか? いや、ここからではあまり見えない。 ここから見えないなら、向こうからも見えないはずだ。一体誰の声だ? 快斗は震えて自分に寄り添ってくる恵美を抱きながら、じっとしていた。緑色の視界が、怖かった。だが、今暗視スコ ープを外すと、その音を察知される。それは大変だ。 「おい、いるんだろ? 誰だよ?」 あ、この声は……この特徴の無い声は……。 『野良犬』のメンバーの1人、日高成二(男子28番)だ。 こいつは、信用できない。 「俺だよ、オレオレ。日高だよ」 目の前の茂みが掻き分けられて、そのとてもワルには見えない、おっとりとした顔(つまりは、あたり屋だ)がすぐそこ に現れた。身が引き締まる感じがした。 「なんだ、ピンキリか」 ピンキリとは、快斗と恵美のカップルのことを指していた。出席番号のはじめと最後のコンビ、なんともわかりやすい。 快斗は、その手に何か握られているのを見て、顔を見ながらも注意を配った。 「お前は……このゲームに乗るつもりなのか?」 「そ、そんなことないよね? ほら、実際に何人かはもう死んでるけれど……」 恵美が笑いながら言う。勿論作り笑いだろう。死者がいる事を出したのはどうかと思うが、一応安堵させようとしてい るのが目に見えてわかった。 その事を聞いて、日高は目を丸くした。 「死んだ? 誰か死んだのか?」 答えるべきかどうか迷ったが、一応答えるべきだと思った。下手すると、自分達が殺したのだと勘違いされるかもしれ ない。それだけはゴメンだ。 「坂本と、橋本だ。残りは66人になった」 「マジかよ……!」 その顔にはやはりというべきか、驚愕の2文字が浮かんでいた。そこで、快斗は暗視スコープをつけていることに気 がつき、慌ててそれを取り外した。 「湾条に支給された情報端末機で俺達はその事を知った。お前は、何を支給されたんだ?」 少しの沈黙の後、日高は右手を裏返して手の平を見せた。なにか銀色の棒状の物がある。 「オレに支給されたのは、この折畳式ナイフだ」 そう言うと、その刃を出して見せて、再び閉まった。この長さならぎりぎり銃刀法違反にはならないだろう。もっとも、そ んな法律など関係なかったが。 「どうだ? オレと一緒に行動しないか?」 「な?!」 唐突に言われたそれは、今度は2人を驚かせた。今の一連の会話で日高がやる気でないのは分かったが、流石に 一緒に行動するのには躊躇いがあった。 「どういうことか知りたいか? まぁ、いいや。実はさ、望月がオレに合図を送ったんだ。いや、多分俺だけじゃない。 小林や長井にも伝えられたはずだ」 望月道弘(男子32番)。『野良犬』のリーダー的存在、彼はまだ、出発していないはずだ。日高は、すると、分校を出 てからすぐにここへ来たという事になる(ちなみに日高は坂本理沙の死体を見ていなかった。彼は裏口から出発した のである)。自分達とすぐに遭遇したのは偶然なのか、まぁ68……いや66人もいれば当然だが。 しかしその望月が合図を送ったとは一体……。 「あいつが、オレ達、『野良犬』に収集かけたんだ。小学校へ行け、ってな」 「じゃあ、なんでここにいるの?」 「オレは、あいつがどうも信用できなくてさ、ひょっとしたらオレ達全員を殺すんじゃないかってね。ただオレはみんな から敬遠されている。身寄りが無いのさ。でもさ、やっぱ気になって」 「何が?」 「あいつは、もしかすると脱出しようって考えているかもしれない。その可能性もあるってことだ」 「じゃあ、行けよ、日高。お前が望月を見張るんだ。あいつが不穏な行動をしたら、そのときは容赦なくやれ。俺たち も、気が向いたらそっちへ行くよ」 快斗がそう言うと、日高は少し考えてから、言った。 「わかった。行動を起こすんだったら、とりあえず24時間以内にやるだろう。24時間経ってもまだ『野良犬』のメンバ ーが全員無事だったら、小学校に来てくれ、禁止エリアとやらが指定されたとしても、近くに移動するように説得して おく。それで、いいか?」 快斗は、大きく頷いた。 日高はすっと立ち上がると、デイパックを肩に背負いなおし、再び走っていった。 「脱出、か……」 その後姿を見ながら、快斗は、恵美にも聞こえるか聞こえないかくらい、小さな声で、言った。 【残り66人】 Prev / Next / Top |