エリアG=6の舗装された道路の影に、谷 秀和(男子18番)はいた。 そのすぐ近くにいる女子生徒。大きめの刀を肩に置いて歩いているその生徒の制服には、赤黒い液体が付着してい た。この状況で、それが果たして何なのか、それは一つしかない。 返り血だ。 彼女、辻 正美(女子11番)をじっと見据えて、秀和はそっとP社製アックスβ−120を握り締めた。 間違いない。彼女は、絶対に誰かを殺している。政府の側から見れば、多分彼女も自分と同じように分類されている のだろう。積極的に殺しまわろうとしている、やる気の人物だと。 確かに、自分はやる気だ。こんなプログラムなんかで自分が死ぬわけには行かなかった。 自分は、素質のある人間だ。勉強だって出来る部類だし、パソコンのプログラミングだって自分の手にかかれば恐ろ しいほど簡単に構成する腕前だ。将来はこういう類の仕事について、一人前になったら会社を設立する。そして一代 で大企業に育て上げて、その社長として一生を楽しむのだ。 それが、まさかプログラムという障壁に阻まれることになろうとは。 だから自分は生き残らなければならないのだ。自分の夢を成し遂げるために、だから自分はやる気になったのだ。奪 う側に、まわる決意が固まったのだ。 最初に自分に支給された武器は、瓶に入った硝酸アンモニウムという農薬だった。これを体内に含むと、悶え苦し みながら死んでいくのだという。 一体こんな自殺にしか使えないような武器でどうしろというのか。 わからなかったから、ひとまず自分は隠れ潜む家を探すことにしたのだ。だが、隠れようとしたエリアが禁止エリアに 指定されたり、近くで銃撃戦が行われたりと物騒なものばかりだったので、3件目に辿り着いたとき、やっと奇跡が起 きたのだ。 自分のようなものを信用した愚か者、雪野 満(男子33番)だ。 雪野には友達なんていないのだろう、だから自分なんかを信用しようとしたのだ。だから、簡単にペットボトルの中身 に毒を入れて殺すことが出来た。なんともまぁ、都合の良い奴だった。 早速必要なものを自分のデイパックに移して、行動を開始した。 やっと、斧という武器らしい武器を手に入れることが出来たのだ。これからは、少しくらい大胆に動いても、もしもの時 には斧がある。なんとかなるに違いない。 そう、今回だって、なんとかなる筈。 相手が、辻正美じゃなければ。 「悪いけど、そこでこそこそしている子」 秀和は、思わず顔を上げた。 突然目の前にいる辻が、そう言ったのだ。 「わかってるのよ、谷君?」 ちっ、と舌打ちをして、秀和は立ち上がった。少しだけ辻が振り向いたが、それも流し目で見るような形。すぐにまた 視線は舗装された道路の先を見ていた。 なんだよ、ばれてたのか。そういえば、辻は剣道が強いんだったっけ? 気配も察知できるってか? 「で、何の用だ?」 強がりを込めて、秀和はそう言った。斧を、そっと前に突き出す。 「それはこっちの台詞じゃないかしら? あたしなんか付けまわして、なんのつもり?」 「それも……そうだな。まぁ、理由はお前が思っている通りだと思うぞ」 ふぅん、と辻が大きく頷いた。その舐め腐った態度に、少しムッとしたが、秀和は表情は変えなかった。 辻が、機敏な動きで振り返った。 「谷君。一つだけ、教えてあげる。相手が隙を作ったときに、一気に技を決める。これ、武道の時間に習ったよね?」 「……そんなこともあったかな」 「そう、だからね。お喋りする暇があったら、さっさとあたしを殺すべきだったんだよ」 駄目だ。こんな安っぽい手にはまったら駄目だ。 こうやって、自分をおびき出しているんだ。そこを一気にあの刀で仕留めるつもりなんだ。 「ふん、そうか。じゃあ、なんでお前は今喋ってんだ?」 「それはねぇ、あたしが隙を作っても勝てる相手だからよ」 逆に、秀和は質問した。質問すると同時に、行動を開始した。 自分が質問すれば、辻はきっとそれに応答する。その時が彼女の隙だ。そこを、この斧で叩き割ってやる。 「残念だったなぁ!」 辻の笑みが、秀和の脳裏をよぎった。 おかしい。辻が、全く避けない。 まさか。 気が付いたときには、既に斧を振り上げていた。そのまま勢いに任せて、斧を振り落とす。 だが当然の如く、その斧の刃先は何者も捕らえることなく、空しく宙を斬り、アスファルトの地面とぶつかった。 そして。 「ね、言ったとおりでしょ?」 今、自分の胸には、彼女の武器である日本刀『村正』が深々と刺さっていた。 激しい痛みが全身を電気となって迸っている。 薄れ行く意識の中、秀和は悔しながらも、敗因を分析していた。 自分には、腕力がない。だから、斧を振り落とすタイミングも、頭の中で考えてから行動に移るまでの時間にタイムラ グが生じる。要するに、自分の行動が遅いのだ。 その間に辻はまんまとのろまな斧を避けて、一気に近寄ってきた自分に、刀を突き刺したのだ。 やっとわかった。辻が言ったあの言葉が。 隙を作ったって、勝てる相手なんだ、と。 「敗因は、多分貴方の思っている通りよ」 辻がそう言った瞬間、突き刺していた刀を引き抜いた。 刹那、凄まじい量の血液が、傷口から流れ出ていた。 自分の、命が。 流れ出ていく。 意識が、薄れる。 ああ、これが、死……なのか―― 。 動かなくなった自分の屍の上で、辻は言った。 うしろの正面、だ〜あれ? と。 勿論、自分がそれを意識することは、なかったのだけれども。 男子18番 谷 秀和 死亡 【残り49人】 Prev / Next / Top |