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 A=5、矢代港。

 運命の時間は刻一刻と迫りつつあるが、為す術も無く、男達は黙っていた。
3時間前の放送で、突如告げられたとくでもないルール。勿論ここにいる3人はまだ誰も殺してなんかいなかったし、
また放送を聴いたからといって誰かを殺しに行こうなんて言う者は誰一人としていなかった。
そう、ただただ、何をするわけでも無く、運命の時を待つだけだった。

 その中の一人、峰村厚志(男子31番)は、土産屋のレジ裏で見つけた板チョコをかじっていた。最後の晩餐にして
は中身が少し寂しかったが、それでも政府に支給されたパンよりはマシだった。
見張りは相変わらず交代で行っていたが、日がすっかり昇ってしまった今、休憩中に睡眠をとろうなんて者は既にい
ない。現在は原 尚貴(男子27番)が外を見張っている。部屋にいるのは永野優治(男子22番)と自分の2人だけだ
った。
別に気まずい仲なわけではない。むしろクラスの中では比較的よく話す仲だった。
だが、この状況で、しかもこの厳粛なこの雰囲気の中で会話をするのは、非常になんかこう、駄目な気がした。もやも
やとした気持ちが頭の中を渦巻いている。
一体、どうすればいいってんだ。

「なぁ」

そうやって一人で葛藤していると、なんともまぁ、あっさりと永野が口を割った。

「なんだ?」

「一つ、聞きたいんだ」

「そうか。……で、何を?」

少し、詰まった。
永野は自分の目を見据えて、少しだけ戸惑いながらも言った。

「もし、さ。襲われたとしたら……そいつ殺すか?」

それは、絶対に触れてはならない禁忌の話題。
そう、禁忌なのだ。理不尽にも殺し合いを強要されているこの箱庭の中で、その話題は爆弾だった。
いきなりそんなことを聞かれるものだから、つい口がポカンと開いてしまった。慌てて、永野が両手を顔の前で振る。

「いや、その……そんなつもりで言ったんじゃないんだ。ただ、さ。覚悟が、あるのかなー……って」

「覚悟? どういう意味だよ?」

永野は、少しだけ笑いながら、後頭部を手でかきながら言った。

「こう言っちゃ何だけどさ。あのね、峰村って……適当にいつも生きてるって感じなんだ」

「はぁぁ?」

「あぁ、悪い悪い。そんなイメージがあるんだよ、お前は」

「適当にブラついてるイメージが、か?」

「そう。なんかいつも、行き当たりばっかな気がしてさ。いかにも適当に生きてるって感じなんだ。だからさ……本当
に、この状況をつかめていて、覚悟も決めてるのかなって」

冗談を言っているような口調だったが、その眼は、本物だった。

「……永野。何か、いいたいのか?」

「あのさ。もう……クラスメイトが沢山死んでるんだ。ここにいるのはそんな殺気なんて微塵も感じられない奴ばかりな
んだけど……もう外ではそれは通用しないんだ。多分、やる気になってる奴は……今頃うちらみたいに起爆対象者
で、会場をうろつかざるをえない生徒達を獲物にしているんだ」

「ああ、そうだな。急に銃声やら爆音やらが轟きまくるようになった」

「もう、心を鬼にするしかないのかもしれない」

 永野は、こう見えても実はフェンシングのトップの方だ。中学大会でも上位に食い込んでいる。ただ、剣道の方でも
っと腕が認められている辻 正美(女子11番)の存在があまりにもでかすぎて、その事実を知るものは少ない。
だがその事実を知っているからこそ、自分には永野が理解出来た。
そう、もう多分、真面目に考えなければならないときだ。いつまでも現実から逃避していてはいけないのだ。今、まさ
に自分達は殺し合いをさせられているのだと、実感しなければならないのだ。
それにしても……そうか。自分はそんなにも適当君に見られていたのか。少しだけ、可笑しかった。

「俺は、間違いなく殺るよ。むざむざ殺されやしない」

だから、言えた。素直に自分の気持ちを、言えた。
きっと何処かで、多分自分は永野たちのことを疑っていたのだと思う。だからなかなか話を切り出すことも出来なかっ
たのだ。
だが、今は違う。今はもう、腹を割って話すことが出来た。意思の疎通が、出来た。

「そうか……。僕も、多分峰村と同じ事をすると思う。やっぱり似てるね」

「ああ、そうだな」

そして、笑い合った。
思えば、心の底から笑ったのはプログラムが始まってから初めてかもしれない。だがそれだけ、自分達は今まで恐怖
に支配されていたのだ。
大丈夫、きっとこいつらとなら、最期まで一緒に生きてゆける。そう、感じた瞬間だった。

 その時だ。

「おい、外に誰かいるぞ」


 原が、突然自分達に向かってそう言ったのは。




   【残り29人 / 爆破対象者20人】



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