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「誰なんだ、一体?」

 余程慌てたのだろうか。息をハァハァしながら、とにかく落ち着かせようとしたことが災いし、原は激しく咳き込んだ。
若干太り気味というのはなんともわからない。
そんな原を見慣れているからこそ、今の原の感情が手に取るようにわかったのだ。

「……堀、だよ……」

自分のデイパックからペットボトルを取り出すと、グイッと一気に飲んだ。
落ち着いたのか、フゥーッと大きく息を吐き、再び原は自分達のほうを向く。

「堀が、こっちに向かってやってくる」

改めて、落ち着いた口調で原は言った。

 堀 達也(男子29番)。眼つきが悪いと評判で、原と同様若干太り気味の体系をしている。
基本的にデブキャラは大食いだが心がおおらかだという潜在的認識があるのは確かだが、どうも堀にはその考えは
通用しないようだった。
別に彼は勉強が出来ないわけではない。太っているからといって運動神経が駄目なわけでもない。いやむしろ運動
神経はいい方だ。なにせ、彼は元柔道部なのだから。
堀達也という人物について自分が知っているのはここまでだ。勿論永野や原が自分以上に堀のことを知っているとは
思えなかったし、彼等が堀と親しい柄だったということも聞いちゃいない。

 さて、どうしようか。

「それで、まさかとは思うが……お前、堀に見つかったのか?」

 永野が厳しい眼をして原を見つめる。
その視線を払いのけ、原はあははーと笑いながら、言った。

「うん。見つかっちゃった」

なんともまぁあったりとした物言いに、思わず雰囲気など関係なく扱けそうになった。厳粛な雰囲気が台無しだ。
永野も呆れながら頭をかいている。それを感じ取ったのか、原は慌てて続けた。

「あ、でもさ。あいつ俺のこと見て手を振ったんだよ。やる気になってる奴だったらそんなことするかなぁ?」

「……で、それに応じてお前も手を振ったんじゃないだろうな?」

キョトンとした顔をして、さも当たり前そうに、原は頷いた。
永野は今度は顔を床にうずめた。自分も呆れるのを通り越して思わず苦笑せざるをえなかった。

「え? 駄目だった?」

「お前……完全にこっちの居所ばれたじゃねぇか」

「すると、確実に堀はここに来るな。さてと……どうする、永野?」

やってしまったことは仕方ない。まだ堀がやる気ということが決まったわけではないのだ。
だが、堀も自分達と同様、まだ誰も殺していない可能性は高い(というよりもむしろ、誰かを殺した奴が来るという方
がもっと嫌に決まっているが)。つまり、残り制限時間が少なくなってきた今、堀は初めて殺人を犯す可能性も無いと
は言い切れないのだ。
その為に、対策を練らなくてはならない。

「まぁ、下手に入れなかったら、誰かに入れ知恵されたって思うかな、僕なら」

「そうだね。向こうはこっちが3人いるってことは知らないんだ。複数人いる可能性が在ることくらい、堀だってわかって
いる筈だ。だけど、そこでもし原しかここにいなかったら、向こうはてっきり一人だと思って油断する」

「そこで、峰村と僕でひとまず堀を取り押さえる。それで……大丈夫かな?」

「まぁ、そうだ。ちょっと乱暴だけど、これが一番安全だな」

 2人で話を進めていくと、原が慌てて話を横切った。

「ちょちょちょっと待った。……てことは、僕、おとり?」

「責任は取ってもらうよ。まぁ、襲われたら助けに入るけどね。俺のハンマー貸してやるから」

苦笑しながら、橋本康子(女子17番)の死体から奪い取ったハンマーを渡そうとした。
だが、それを原は左手でそっと制した。

「いや、いいよ。変に武器を持ってたらそれこそ堀を不安にさせるからね。それだけは受け取れない」

「……そうか。無理するなよ。俺達は奥の倉庫で待ってるから、上手く誘導してくれ」

「おう、任せろって」

胸に拳を当てて、原は自信満々気にそう言った。
その姿を見て安心すると、永野に行こうと言われて、奥の倉庫へと入った。そっと扉を開けて、あえてそのままにして
おいた。そのほうが、誘導しやすいと思ったからだ。


 部屋のドアを、ダンダンとノックする音が聴こえた。
 戦闘開始のゴングが、厚志の心の中で、カァンと鳴り響いた。




   【残り29人 / 爆破対象者20人】



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