原 尚貴(男子27番)は、震えていた。 目の前の扉は、ダンダンと大きな音を立てている。 間違いない。この向こう側には、堀 達也(男子29番)がいるのだ。 「おーい、原ぁ。いるんだろぉ? 堀だよぉ。入れてくれよぉ」 後ろを振り向く。その視線の先に位置している奥の倉庫の中には、共に行動している永野優治(男子22番)と、そし て峰村厚志(男子31番)がいるのだ。 大丈夫、俺の身に何かあったら、きっとあいつらが何とかしてくれる。 「おーぅ、わかったわかった。わかったからそう激しく叩くなって。誰かに見つかるかもしれないだろ?」 意を決して、原は堀にそう言った。 堀はその意見が尤もだとでも思ったのか、それともただ単に中に自分がいるということを確認できたからなのか、激し く叩くというなんとも後先を考えない軽率な行動をやめた。 勿論、侵入者対策として鍵をかけている為、このままでは堀は中に入ってくることは出来ない。 「あのよぉ、中に入れてくれねぇかな? 鍵開けてくんね?」 そもそも峰村が入ってきたときは驚いたものだ。 実は、永野と合流したのは峰村がこの土産屋にやってくるほんの少し前の話だ。その時は侵入者対策として港で手 に入れた網を加工して(そしてまんまと峰村が引っ掛かった)罠を作成している最中だったし、その時は外に材料を探 しに行ったりしていたから鍵は開けっ放しになっていたのだ。 彼を捕らえ、そしてそのまま合流してからは、土産屋から外には出ていないし、鍵はかけっぱなしになっていた。勿論 裏口も同様である。 「おーい、まだかぁ?」 「あー待て待て。今開けるから」 原は、他人を信用する。誰でも信用する。 たとえそれが騙す為のものだったとしても、自分という存在を充分に利用してくれている。それだけで、嬉しかったの だといえる。 物心が付いたときには、既に妹がいた。両親は妹が可愛かったのだろう。自分なんかはほったらかしにしておいて、 常に妹のことを気にかけていた。家の中では、妹が女王様だった。 自分の存在なんてどうでも良かったのだと感じたのは、小学生の時だ。 ある日突然、両親は妹を連れて旅行に出た。自分はというと、留守番しててねという紙切れ一枚のみ。一人孤独に、 即席麺をすすっていた記憶がある。 親が全く構ってくれないから、家に帰るのが辛かった。そこは虚無の空間。何も意味を成さない場所。 だから、自分に構ってくれる生徒が大好きだった。自分が今ここに存在しているのだということを、わからせてくれる存 在だった。 たとえそれが嘘のものであってもいい。今その一瞬が、輝いていられるのなら。 だから、原は鍵を開けた。 もしかしたら堀はやる気になっているのかもしれない。実はもう、既に何人かを手にかけているのかもしれない。 だけど、信じた。堀は話したことなんかないけれども、そんな人殺しに加担するなんて、考えられなかった。 扉が勢いよく開く。 そこには、堀の笑った顔があった。純粋な笑いとも、何か含みのある笑いともとれる、曖昧な笑み。 「や、やぁ」 「よぉ、原。お前、一人なのか?」 「んー……まぁ、今現在はそんなところなのかな」 ああ。自分も笑っている。これは、偽りの笑みだ。 逃げ出したかった。何もかも放り出して、何処か遠くへと逃げ出したかった。 内心は震えている。怖くて、怖くて、たまらなかった。 「へぇー、そうなんだ。ここは土産物屋なんだよな?」 「うん、そうだよ」 弱虫なのだ。 自分は怖いのだ。一人になるのが、怖くて怖くてたまらないのだ。 友達といるときは、明るく笑っている自分でいられる。だけど、一人になったときは、本当の自分が出てしまう。 そう。今は笑っているけれども、本当の自分の状態だった。 堀は、無の存在。いてもいなくても、関係ない存在。自分には影響しないどころか、逆に自分自身を不安にさせる畏 怖の念を抱かせる存在。 「あの奥の部屋は倉庫なのか?」 「そう。色々とあるよ。行ってみようか」 それは、会話ではなかった。ただの、道化師が互いに互いを騙しあう台詞だった。 自分は自分で、堀を罠にはめる為に工作をしてきた。 そして、堀は堀で。 後ろを向いて、倉庫に歩き始めた途端だった。 「…………っ?!」 ドスッ、という鈍い音と同時に、激しい激痛が原を襲った。 焼けるようなその痛み。ふぅぅぅぅぅと長く息をつきながらゆっくりと後ろを振り向くと、すぐそこに、堀はいた。 そして、あの曖昧な笑みを浮かべていた。 「堀……!」 「バカだなお前。背中を向けたら刺されることくらい考えとけよ、バーカ」 そして、その小型ナイフを引き抜いた瞬間、激しい脱力感と共に、原は床に倒れた。 床が紅く染まるのを感じ、そしてそれが自分の命なのだと、感じた。体が、次第に冷えてゆく。 「てめぇ……この野郎ぉぉぉおおっっっ!!!」 咆哮を上げて、突然倉庫から峰村が飛び出してきた。その手には、自分に渡そうとしていたあのハンマーが握られて いる。 完全にここにいるのは一人だと信じきっていた堀は、完璧に隙を突かれた。 峰村の揮ったハンマーは堀の顔面に直撃した。その勢いに吹き飛ばされ、堀が自分の隣に顔を背けた状態で横た わる。体を起こそうとしたが、既にそんな体力は残されていなかった。 「くそっ! 死ね、死ね、馬鹿野郎っ!!」 ゴッ、ゴッ、と何度も何度も峰村は堀を叩いた。そのたびに堀の体がビクンビクンと動いていたが、やがてその反応も 乏しくなった。10回ほど殴ったときだろうか、その様子に気付いた峰村が、手を止めた。 そして、カランとその凶器のハンマーを落として、後退りをした。 「あ……あぁ……俺、俺……!!」 堀はピクリとも動かない。 死んでいた。 やっちまった。そう思った瞬間、意識が一瞬だけ、吹っ飛んだ。 男子29番 堀 達也 死亡 【残り28人 / 爆破対象者18人】 Prev / Next / Top |