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「死ぬな……おい! 原、死ぬんじゃない!!」

 何度も何度も頬を殴られて、半ば無理矢理覚醒させられるように、原は眼を覚ました。
起きてみると、そこには永野が涙を浮かべながら何度も自分の頬をひっぱたいていて、その隣では峰村が心配そう
に、そして悔しがりながら覗き込んでいた。
どうも、まだ自分は生きているらしい。つくづく丈夫なんだなと、感じた。

「堀は……」

声を出して、思ったよりも声が掠れている事に気付く。
同時に、腹部に激痛の感覚が戻ってきた。思い出さなくて良かったのに、その感覚は再び自分の意識を持って行き
そうになる。今度意識を失ったら今度こそ自分は死んでしまうだろう。そんな、気がした。

「堀は、死んだ。峰村が、殺した」

淡々と、永野はそう言った。途端、隣に座っている峰村の顔が、強張る。

「ごめん、原。俺、殺し合いは良くないとか言ってたのに……なんか原が刺された瞬間、頭がかーってなって、気が付
いたら俺、俺……堀をぶん殴ってて」

「いいんだ……」

危ない。峰村は、錯乱していた。
人殺しなんて初めて仕出かしてしまったんだ(いや、プログラムが始まる前に人殺しの経験をしていたらそれこそ大問
題といえたが)。まともな精神状態でいられるはずがないのだ。

それに、きっとこれで良かったのだ。
堀には悪いが、お陰で峰村は助かるのだ。少なくとも3時間後、理不尽なルールによって首輪を吹っ飛ばされること
はなくなったのだ。第一手を出したのは向こう。自業自得というものだ。

 まぁ、そのせいで死んでしまう自分が馬鹿らしかったが。

だから、まだこの命の灯火が消えてしまわないうちに、やらねばならないことがあった。
歯を食いしばって、再び続ける。

「永野」

「……なんだ?」

その顔は、先程までの笑い顔とは違った。今までとは違う真剣な顔つきだった。
そうか、なんかあったんだな? 見張りで自分がいない間に、峰村と何か話し合ったんだな。

「殺して、くれないか?」

 その言葉を発した途端、永野の、峰村の目が見開いた。
構わず、そっと自分自身に突き刺された小型ナイフ(今は体から抜けていて、近くの床に転がっていた)を握り、永野
へと差し出した。その一連の動作だけでも、確実に、自分の命が磨り減っていくのが、感じ取れた。
永野の顔が、やがてみるみる深刻なものへと変わる。

 あ、わかってくれた。

「……僕で、いいのか?」

永野が小型ナイフを握る。
それを見た峰村が、慌てて永野の体を止めた。

「何やってんだよ永野! お前……原を殺す気か?!」

「そうだ」

両手で制止した峰村の手を退けて、永野は淡々と言った。
ナイフを、自分に向けて構える。

「どうして……?!」

「聞け。今このまま原が死んだら、加害者は堀になる。だが今僕がとどめを刺せば、加害者は僕になるんだ」

「それがどうしたんだよ!」

「忘れたのか、峰村。今発動されているこの特殊ルールを」

そう。特殊ルール。
誰かひとりでも殺していないと、次の放送時に首輪が爆発するというなんとも理不尽なルール。

「あ……」

このままだと、加害者は堀だ。ふざけるな、そんなの、命を無駄にしたようなもんなんだ。
だが、もしも永野が自分を殺してくれたのなら、自分の命と引き換えに、永野もまた、爆破対象外となる。そう、自分
を殺してくれれば、だ。

「永野……早く……!」

「そんな、そんな! いいのか……永野、それでいいのか?!」

 峰村が、叫ぶ。
 永野が、構える。

 思えば、くだらない人生だった。
 だけど、お前らがいたから、少しは楽しめた。

「いいんだな?」

頷く。そして、じっと永野の目を見る。
いい眼をしていた。

「生き延びろよ」

「ああ、わかった」

 自分は、笑っていた。
 永野も、笑っていた。


 ナイフが、刺さる。


 体が、熱い。燃えるようだ。





「ありがとうな」







 もう、充分だ。










 満足だった。










 アバヨ。















  男子27番  原 尚貴  死亡



   【残り27人 / 爆破対象者16人】



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