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 H=6、森。
 この魔の六時間で、一気に戦場へと化してしまったこの地で、一人の男が歩いていた。

 彼の名前は遠山正樹(男子19番)。
 決して、たとえどんなことがあろうとも人殺しだけはしない、そう心に決めた男。


 今や生き残っているたった一人の親友である芳賀周造(男子26番)、彼を探していた正樹には、もう時間は残され
てはいなかった。
時刻は、午前11時。島の東南端であるJ=9が禁止エリアとなり、自分の残り時間は1時間となった。
手首にかざした政府謹製の時計は刻々と時を刻む。何度も目を運んでは、残り少なくなる時間を何度も確認すること
となり、さらに気持ちが減退する。焦れば焦るほど、逆効果だ。

 死にすぎだ。

果たして、残りは一体何人となってしまったのだろうか。
まさか誰もが自分のようにタイムリミットを黙ったまま待とうなんて考えているはずがない。だから武藤雅美(女子29
番)は自分に立ち向かおうとしていたし、またこれまでにないような銃声や爆音も聴こえている。誰もがみんな、生き
残りたいという一身で、他のクラスメイトを出し抜こうとしているのだ。
ひょっとすると、シュウもそちら側の人間になっているのかもしれない。テツは宣言どおりやる気になって、そしてあっ
という間に殺されてしまった。シュウはそのような過激な発言はしなかったけれど、心の奥底では何を考えていたか
なんて考えられない。
と、ここまで考えたところで、正樹は思考を停止した。

 駄目だ駄目だ。そんなこと考えちゃ。
 シュウはきっとやる気じゃない。僕が信じなくて、どうするんだ。

思い直して再びデイパックを担ぎなおす。デイパックは重たかったし、何度も捨ててしまおうと考えていた。だけど、こ
れももしかしたら誰かの役に立つときが来るのかもしれないなどと考えると、捨てることなんて到底出来なかった。勿
論中に入っている武器はそのまま放置してある。今まで一度もそれに触れることはなかったし、きっとこれからも、多
分……死ぬまでは決して触れることはないだろう。
自分だけは、人殺しを断固拒絶すると、そう、決めたのだから。

 歩き始めてから間もなくして、目の前で道が、分かれていた。
例えばこれが人生の分かれ道だとする。片方を選べば幸せが待っているとしよう。だけどもう片方には、不幸が待っ
ているとする。確率は五分五分。さて、どうする? 行くか、それとも、引き返してしまうか。
プログラム中においてもこれは同じことだ。片方の道には、何かしらの幸せが待っている。だけど、もう片方の道には
……死しかない。引き返せば誰もいないのだから生き延びることは出来ても、だけどそれではシュウに会うことは出
来ずに、やがてタイムリミットを迎えてバッドエンドで終わるということもある。
尤も、この期に及んでまだシュウが無事に生き残っているという可能性はあまりない。それに、たとえどの道を選んだ
としても、自分には迫り来る死しかない。死から逃れることなんて、出来ないのだから。
だから、行くしかないのだ。どちらを選んだって、やがては合流する。嫌な思い出が出来ようが、一生を変えてしまうよ
うな大成功を収めようが、死んでしまったら同じなのだから。関係なんか、ないのだから。

 右だ。

本能というか、ただのくだらない勘というか。
ただ単に、こっちの方へと足は向いていた。それが吉と出るか凶と出るかなんてわからない。それを最終的に決める
のは、所詮己自身なのだから。

 暫く歩くと、木々が徐々に薄れていくのがわかった。
つまりこの道は森から出る道、この視界の悪い魔の地を脱する、希望の出口だった。だが、それは希望の出口であ
るだけであり、それが幸福なのかどうかはわからない。さて……森を出たところで、結局シュウは見つからなかった
のだら、意味は無いとも言える。

 だが、直視で森の裂け目が確認できたところで、そこに『何か』はあった。



  ガササッ……



 そこには、誰かがいた。ここが出口へと向かう獣道だから合流しようと思って誰かを待ち伏せしているつもりなのだ
ろうか。いや、あるいはキルスコアをつけるために、合流ではなく襲い掛かる相手を探しているだけなのかもしれない
が。だが、確かにそこには、誰かがいた。
いっそのことこちらはわかっているのだから声でも掛けてみようか。そうは思ったものの、よく考えてから、やはりやめ
ようと思った。それがもしもやる気である人物だとしたら、わざわざ殺されに行くようなものだからだ。そこまで自分の
命を簡単に捨てる気にはなれない。
だが、もしかするとだ。それがシュウであった場合は、どうなってしまうのだろうか。その危険性も孕んでいた為に、一
概に敵だと決め付けて通り過ぎることは出来ない。もともと自分は、人探しをしていたのだから。
結局、それが一体誰なのかだけをそっと確認しようと思った。ばれなければ、きっと、大丈夫だから。

 足音を極力殺して、慎重にその人物へと歩み寄る。きっと、あのサイズの茂みに隠れることが出来るのだから身長
は170cm程度かそれ以下。太っている体系ではない。少なくとも、シュウでない可能性はなかった。
汗が、垂れてくる。太陽はまだ南中高度を目指してジリジリと突き進む。



「…………マサキ?」

唐突に自分の名を呼ぶ声が聴こえて、正樹はその方向へと向く。
その視線の先、獣道の終点……つまり、森の出口に、誰かが、立っていた。

 その誰かとは、一人しかいない。

「……シュウ…か…?」

 そこには、正真正銘本物の、芳賀周造が立っていた。
驚いたような顔をしてひたすら自分の方を見てきている。それは、まだ生きていたのかという驚きか、それとも他の何
かか。あるいは。

「お前……まだ生きて……」

感情を抑制できなかったのか、足音を立ててシュウがこちらへとやってくる。
その、次の瞬間だった。



  バァァンッッ!!



火薬がはじける、すっかり耳に馴染んでしまったこの音が、再び耳を劈く。
それは本当に瞬間の出来事で、正樹は何もすることが出来なかった。


 そう、突然の爆発音に対して。
 シュウが、同時に横へと吹き飛ばされたのを見ても。




  どうやら僕が選んだ道には、幸せも、……そして不幸も、待っていた。




   【残り20人 / 爆破対象者9人】



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